26.企画書段階で「設定盛りすぎ」(リリア視点)
家に帰って、一人になって。
しんと静まり返った暗い部屋に佇んでいると……不安が押し寄せてきます。
うそですよ、こんなの、ウソウソ。
エリ様がいないなんてそんなこと、あるわけないんです。
そりゃ、わたしは前世ではぼっちでしたし。
今世だって、エリ様以外にまともに話せる人、ほとんどいないけど。
でも……いくらなんでも、全部幻覚だなんて、そんなことはありえません。
だってこんなにも、心配で、不安で……会いたくて、仕方がないのに。
それが全部嘘だなんて、そんなわけない。
エリ様の声。女性にしては少し低くて落ち着いた声。
わたしの名前を呼んでくれる声。
エリ様の香り。いつもつけている重めの男物の香水。
ちょっとだけスモーキーなラストノートに、胸が切なくなるあの香り。
エリ様の表情。わたしにちょっと塩対応したり、ふざけたり。
他の女の子にはしない顔を見せてくれたこと。
張りぼてで中身がなかったわたしに、勇気をくれたこと。
わたしのために10年、頑張ってくれたこと。
前世について、ロイヤルラバーズについてを二人で話したこと。
わたしに、真実の愛を教えてくれたこと。
全部、全部。今目の前にエリ様がいるってくらいはっきり、思い出せるのに。
いなかったなんて、そんなことあるはずないのに……それでもどうしようもなく、不安になります。
わたし以外、誰もエリ様のことを、覚えていないんですもん。
もし本当に、いなかったとしたら?
もし本当に全部、わたしの頭の中の出来事だったとしたら?
そんな疑念が少しだけ、ほんの少しだけ、頭を掠めてしまいます。
だってよく考えてみればエリ様、属性過多な気がします。
悪役令嬢で、男装で細マッチョで、転生者で、イケメンで強くて、ナンパでどうしようもない人たらしで、ちょっぴりクズで適当で、なのにピンチになるといつも助けてくれて、やさしくてかっこよくて。
たとえば本当に乙女ゲームのキャラクターなら、企画書段階で「設定盛りすぎ」と言われてもおかしくありません。
わたしが妄想で作り出したんだろうと言われても納得の仕上がりです。
「そうはならんやろ」「なっとるやろがい!」の擬人化みたいな人です。
たとえ属性盛りすぎだとしても、やっぱりわたしにはエリ様がいなかったなんて、思えないんですけど……
それでも、エリ様が絶対にいたって、どうやって証明したらいいのか、分からないんです。
証拠を出せと言われて、何を出したらいいのか。
紋所のように「これが目に入らぬか!」とできる、確かな物証。
わたしの記憶や、気持ち以外に、何があるのか。すぐには思いつきませんでした。
それと同時に、恐ろしくなります。
エリ様は確かに存在していたのに、みんなそれを忘れている。
もしかしたら、わたしも……忘れちゃうんでしょうか。
エリ様のこと。
エリ様のこと、だいすきだってこと。
それは、嫌でした。
わたししか覚えていないよりも、そっちの方が、ずっとずっと、何倍も、嫌でした。
どうしたらいいんでしょう。
わたしは一体、どうすれば。
視界の端に映った何かの影に、はっと壁に視線を向けました。
ベッドのすぐ横の壁。そこには、額に入った手紙が掛けられています。
エリ様がわたしにくれた、ダンスパーティーの招待状。
永久保存したくて、額に入れてこうして飾っていたのでした。
それを見た瞬間に、ほ、と、知らず知らずのうちに強張っていた身体から力が抜けました。
壁にかけていた額を外します。
手紙の最後に書かれた、エリ様の名前を指でなぞります。
エリザベス・バートン。
それはまちがいなく、エリ様の名前で。
「うぇ、」
ぼた、と雫がスカートに落ちました。
たいへんです、手紙が濡れてしまいます。
それでも、涙は止まりませんでした。
よかった。
エリ様、いるじゃないですか。
ちゃんと、現実に。
なんだ。心配して損しましたよ、もう。
そんな当たり前のことで、涙がぼろぼろ溢れます。
結局わたしは額縁を抱きしめて、しばらく子どもみたいにわんわん泣きました。
ひとしきり泣いて、はたとまた気づきます。
額縁をベッドに置いて、クローゼットの扉を開けて……奥の方にしまってあった箱を取り出しました。
恐る恐る、箱の蓋を開けます。
「あは」
うん。そうですよね。
箱にぎっしり詰まったエリ様友の会発行のウスイホンに、今度は泣き笑いみたいな声を漏らしながら、その場に座り込みます。
そうです。こんなにたくさん、エリ様の痕跡があるのに。
わたしは何を弱気になっていたのでしょうか。
何を日和っていたのでしょうか。
涙を拭って、前を向きます。
同人誌見て泣く日が来るなんて、思いもしませんでしたよ、もう。
でも、そうですね。
こんなにエリ様がいた証があるんです。忘れようがありません。





