24.エリ様のこと忘れちゃった、みたいな(リリア視点)
「いや、俺も何か君に聞きたいことがあった、と思うんだが。どうにも思い出せなくて」
「え? え?」
不思議そうに首を捻るロベルト殿下の言葉に、今度はわたしがきょとんとした顔になってしまいます。
何を言っているのでしょうか、この人。
エリ様がいなくなってすぐのころは、訓練場の人に隊長欠乏症とか言われて揶揄われてましたけど、ついにそれが行くところまで行ってしまったのでしょうか。
つらすぎて、エリ様と出会う前まで記憶を巻き戻してしまったとか?
いえ、それなら俺様に戻っていないとおかしいですよね。今やもう見る影もありませんけども。
「な、何、ふざけてるんですか? 隊長たいちょーって、いつものあれは、」
「たいちょう?」
ロベルト殿下が、眉根を寄せます。
少し考えるような素振りをした後で、ゆるゆると首を横に振りました。
「すまない。何の話だ?」
……え?
え????
わたしは弾かれたように走り出しました。
訓練場の教官室のドアを勢いよくノックします。
「んだよ、……え、聖女様?」
ドアを開けて現れた男の人……グリード教官に、詰め寄ります。
「あ、あの! ロベルト殿下がおかしいんですけど!!」
「いつものことじゃないですか」
「それはそうなんですけど!!」
そういうことじゃないのに!
ああもう、チョロベルトがいつもおかしいからこんなややこしいことになってるじゃないですか!!
握りしめた拳をブンブン振りながら、必死で説明を試みます。
「まるで、エリ様のこと忘れちゃった、みたいな感じで、」
「えりさま?」
グリード教官が怪訝そうな顔で首を捻ります。
その呑気な仕草にだんだんと苛立ちが募ってきました。
何ですか、ロベルト殿下だけならともかく、なんでこの人までとぼけるんでしょうか。
つい強い口調で、怒鳴るように言います。
「だから、エリザベス・バートンですよ! あなたたちの、隊長の!!」
「……?」
グリード教官は……やっぱり不思議そうな顔で、首を傾げていました。
ですがそれはとぼけているようにも、わたしを揶揄っているようにも、見えません。
彼は背後を振り返ると、中にいる他の教官たちに問いかけます。
「なぁ、誰か知ってるか?」
「いや?」
「何の話だ?」
口々に返ってくる言葉に、わたしはさーっと血の気が引きました。
そんな、だって。
おかしいですよ。
みんな口々に、まるで、エリ様のこと……忘れちゃった、みたいな。
それどころか……最初から、知らない、みたいな。
そんな人、いなかった、みたいな。
胸の前で握りしめていた手を、力なく下ろします。
「リリア嬢。さっきからどうした? 何の話だ」
わたしを追ってきたロベルト殿下のその声に、勢いよく振り返ります。
きっとわたしは憤怒の表情だったでしょう。それとも、顔面蒼白だったでしょうか。
それでも、ロベルト殿下はさっきと同じ、困っているような顔で不思議そうにわたしを見つめるばかりで。
何だか泣きそうになったわたしは、何も言わずに走ってその場を立ち去りました。





