20.覇王色のアレ
壇上に上がると、十三の師団長がこちらに視線を向けた。
「あん?」
彼が奇妙なものを見るような目で眉を跳ね上げる。
それもそのはず。
私が虎のマスクを着用していたからだ。
お面ではなく、いわゆるプロレスラーが身につけるような、頭の後ろで紐を縛ってフィッティングするタイプのマスクである。
第一……失礼、今は第十一だったか……のフィッシャー先生のところへ行って、余っていたマスクを貸してもらったのだが……これしかなかった。
何でやねん。逆にどうしてタイガーのマスクはあるんだ。
先生のペストマスクを貸してくれたらいいと食い下がったが、時間がなかったので諦めた。
何故あのチームは2人しかいないのかと思っていたが、それはみんな断るだろう、と思った。
ペストマスクと狐面にタイガーマスク。タイガーはみんな嫌だろう。
「……えーと?」
審判の騎士がが困惑した顔で私を見ている。私は堂々と胸を張って、はっきりと宣言する。
「どちら様?」
「通りすがりのロベルトマスクです」
「ロベルトマスク」
審判が神妙な顔で私の言葉を繰り返したので、大仰に頷いておいた。
「いや、ていうか隊長だろ」
「何やってんだあの人」
こそこそと囁く声が観客席から聞こえてきたが、黙殺する。
私がロベルトだと言ったらロベルトだ。着ているのも騎士の隊服だし、身長だって数センチしか変わらない。
四捨五入したらロベルトのようなものだ。……いや、それは嫌だが。
特に目の前の、豪快という言葉では片付けられないくらいに人間の個体識別能力の低いこの男相手なら、似たようなものだろう。
「景品本人がお出ましとは、面白くなってきたなぁ」
速攻でバレた。
何故だ。
がっはっは、と大口を開けて笑うその風圧でビリビリと鼓膜が揺れる。リリアやクリストファーだったら吹っ飛んでしまうのではないか。
「さっきの小僧も、なかなかいい腕だった。ちと惜しいが……お前には敵うめぇ」
ざりざりと顎髭を撫でる十三の師団長に、はっと気づく。
そうだ。この人、人間を強さでしか判断していないんだった。
つまり強い人間のことは、記憶する。顔や見た目ではなく、その強さや、立ち居振る舞いで。
「あの、これ、どうします?」
「俺は構わん。直接対決なら望むところだ」
困った様子の審判が尋ねると、十三の師団長は頷いて剣を抜く。
何故そいつに聞いてしまうのか。聞いたって答えなんか決まっているだろうに。
その構えが放つ威圧感に、審判の騎士がひっと悲鳴を上げてへたり込んだ。
こんなもの完全に覇王色のアレである。
「俺が勝ったら、うちの娘の婿に来てもらうからな」
「だから私は女ですって」
「あ? そうだったか? じゃあ息子の嫁だな」
「息子さんまだ4歳じゃないですか」
「お前さんもたいして変わらん年だろう」
「…………」
不思議そうに首を傾げられたが、流石にそんなわけあるか。
本当に強さ以外の識別ができないらしい。
この人のこういうところが苦手である。
肉体言語で会話をするのはいいのだが、肉体言語以外の会話ができないのは普通に困る。
羆の方がまだ理知的ではないだろうか。
ため息をつきながら、私も模造剣を抜いて、この大男と対峙する。
審判の合図がないままで、試合が始まった。





