19.いやいや、よもやよもや。
今のは、どういうことだ。
思考が追いつかないまま、ぐるぐるとクエスチョンマークだけが脳内を巡る。
というかロベルトの恥ずかしがる様というのがあまりに見慣れないものだったのでその衝撃が凄まじい。
ロベルトには羞恥心とか実装されていないのかと思っていた。
そう。
ロベルトは、恥ずかしがっていた……と、思う。
顔を真っ赤にして慌てて、客観的に見て、そう思われる状態であったことは間違いない。
では、何故ロベルトが赤面するのか。
状況を一旦整理しよう。
私が「お前本当に私のこと好きだよな」とかそんなニュアンスのことを言ったら、それをロベルトが肯定して。
その後急に赤面して、こんなふうに言うつもりはなかっただの、勝ったらもう一度言うだの、そんなニュアンスのことを言って、慌てて去っていったと。
これは、アレでは。
私のことを、好きだと。
それも、赤面するようなテイストのアレで好意を持っていると。
まるで、そう言っているかのような状況では。
いや、しかしロベルトに限ってそんな、まさか。
だが、単に尊敬しているとかそういう意味でのそれであれば、ロベルトが赤面する理由がない。
しかもロベルトが私を崇拝していることなど、改めて言われるまでもなく周知の事実だ。
客観的に、相手がロベルトだという点を除いて考えれば、答えを出すのは容易い。
これでもリリアに攻略されるために10年やってきたのだ。
そういった感情の機微には明るいし、今回のパターンなど読み間違える余地がないほど簡単な問題だ。
これが少女漫画だとして、もし登場人物が気づかなかったら「鈍すぎだろ」と叫んで漫画を投げ捨てるレベルだ。
だが、ロベルトだぞ?
俺様キャラだった頃ならまだしも、すっかり脳筋キャラにジョブチェンジしたロベルトだぞ?
互いに合意の上で婚約解消したロベルトだぞ??
普通に考えて成り立つ仮説がすべて「でもロベルトだぞ?」でひっくり返せる気がする。
いやいや、よもやよもや。
競技場に響く歓声に、はっと我に帰る。
気を取られている間に、すでに試合が始まっていた。
先鋒、次鋒は十三が取ったが、中堅は第四が取った。
師団長が中堅で出てくるのは戦略的というよりもはや「いいのかそれで」という感じだが、ここの師団長もどこぞの聖女と同じく「勝てればよかろうなのだ」とか言いそうな性格をしている。
第四の副師団長は、強い。十三も副将戦に出てくるのは副師団長のはず。
これまでの試合を見てきて、だいたいの力量は分かっている。副師団長同士の争いになるならば、よほどのイレギュラーがなければ第四が勝つことが予想できた。
つまり勝負は、最終戦。大将戦で決することになる。
……これで、いいのだろうか。
試合場を眺めて、そんな疑問が脳裏を過ぎった。
勝敗をロベルトに……他人に委ねて、こんなところで、指を咥えて見ているなんて。
もともと私の就職先を決めるための大会のはずだ。
私の身の振り方を決めるための大会のはずだ。
それなのに、私が蚊帳の外で、いいのだろうか。
VIP席に向きかけていた足を戻して、回れ右する。
やり切って、燃え尽きて。
平穏を手に入れて。
すっかり平和ボケしてしまっていたのだ。
忘れていたわけではないが……それでもいいかと、どこか楽観的に考えていたのだ。
だが、それでは私らしくない。
これまで我が身可愛さに、ゲームの設定すら捻じ曲げてきたエリザベス・バートンらしくない。
他人に任せて、もし望む結果を得られなかったら……私はきっと後悔する。
出来ることがあったのに、しなかったことを後悔する。
やる後悔よりやらない後悔の方が悪い記憶として残るとか、何とか。
そんなものを背負って過ごすのはごめんだ。
私が手に入れた平穏だ。
守るのだって、私であるべきだ。
先のことなど知らないが……今できることがある以上、それに全力で取り組むべきだ。目先のことをおろそかにしてはいけない。
今までもそうして、生きてきた。
これからだって、そうして生きていく。
私が歩むのは、そういう人生がいい。
これは私の、人生だ。
第四の控室の近くまでとって返した。
大将戦の準備に行くのだろう。試合場へと向かうロベルトの背中が見えた。
気配を消して近寄ると、彼が振り向く前に締め技を掛ける。
「――悪いな、ロベルト」
意識を失ったロベルトの身体を、廊下の隅に横たえる。
私の人生だ。
他人を変えることはできない。
変えられるのはただ、自分だけだ。
それならば逆説――私を変えることは、他の誰にもできないはずだろう。
私の現在も過去も未来も……ただ、私だけのものであるはずだ。
元来私は自分勝手な人間だ。
利己的で我が身が可愛くて、自分の幸せのためには努力を怠らない。そういう人間だ。それが私だ。
私の身の振り方は、私が決める。





