16.悪は必ず潰える
もう言ったか言ってないか分からなくなったのでもう一回言いますが、モブどれ書籍版、4巻の発売が決定しました~!! やんややんや~!!
お知らせのために(あと分かんなくなった時のために)活動報告を書きましたので、ご興味のある方はどうぞご覧ください。
何とか押し返し始めた第7師団だが、依然苦戦している状況は変わりない。
しかし。
「騎士さまたち~! 頑張って~!」
レイが第七師団に向かって、そう声援を送った。
その瞬間、一斉に騎士たちがレイを振り返り、そして――一斉に雄たけびを上げて、先ほどまでが嘘のような動きで戦い始めた。
片や第五師団の騎士たちは皆、どこかぼんやりとした表情で――いや、もっと言えば目をハートマークにして、ぽーっとレイに見入っている。
これは、認識阻害を使ったに違いない。
しかも魔女だった時に使っていたのと同じ、最高の美女に見えるような認識阻害を使っているらしい。
そりゃあ士気は上げるだろうし、魅入ってしまうだろうが……いいのか、今更生させようとしている子にこんな場面で魔女の能力を使わせて。
チートもいいところである。
総力戦の「総力」はそういう意味ではない。
こんな盤外戦術もすべてOKだとしたら、観客席から矢で射ってもOKになってしまう。ルールを何だと思っているのか。
反則負けにしてくれないかと審判を見るも、審判の目もハートになっていた。じゃあダメだ。
認識阻害で分身、とか考えた私が甘かった。まさかおいろけの術だとは。
そういうわけで、倫理的にはNGだが聖女的にはOKらしい手段で勝ちを収めた第7師団。
この展開にはVIPルームにも、そして観客席にもどよめきが広がった。
これは大番狂わせもあるかもしれない。そう思わされたのだ。
総力戦と言うルールを最大限に生かした粘り勝ちだ。
しかも総力戦であれば相手のエース級との直接対決は避けられる。例えば同じトーナメントにいる十三師団との勝負であっても……勝利する可能性があるのではないか。
そんな考えがよぎった観客もいただろう。
……だが。
「要は、聖女のところに戻らせなきゃいいんでしょ?」
次に第七師団と当たった第十一師団――の名を借りた第一師団――のペストマスクの男が、そう言った。
今回もリリアがくじ引きに参加して、総力戦を引き当てた。
このあたりはさすがの主人公力と言うべきか
総力戦ではあったものの、十一師団は総勢2名での参加である。
片言の狐面の男を置いて、ペストマスクが1人で舞台に上がる。
ヨウが大将扱いなのは、身分的な忖度か、それとも総力戦を見越してのことか、どちらだろうか。
対する第7師団は30名あまり。しかも例のゾンビ戦法がある。「聖女のところに戻らせない」と口で言うのは簡単だが、果たして。
いざ始まってみれば、終わりは驚くほどあっさりと、そして静かに訪れた。
気配を消したペストマスク――フィッシャー先生が、第七師団の騎士1人1人にひっそりと近づき、順番に締め技で昏倒させていったのだ。
よく漫画なんかで首の後ろ辺りを手刀でトン、とやって気絶させるシーンが出てきたりするが、実際人間はそんなことでは気絶しない。
ほんの数秒嗅がせるだけで気絶させられる薬品が実在しないのと同じで、あれは創作物の中にだけ存在する幻想である。
ではどうやるかと言えば、締め技で頸動脈を圧迫するのだ。いくら早くても10秒弱は掛かる。
それを正確に、相手に抵抗すらさせずにやってのけるのは、並大抵のことではない。
「騎士さまたち! 頑張って!!」
そう叫ぶレイのことを、ほんの一瞬、フィッシャー先生が視界に入れた。
その後で――先生がちらりと、こちらに顔を向けた、気がした。
しかし、それは私や一部の騎士が何とか知覚できる程度のほんのわずかな時間に過ぎなかった。
それ以降、彼はそれまでとほとんど変わらない速度で締め技をかけ続け――数分後には、第七師団は制圧された。
リリアががっくりと膝を折るのが見える。
やれやれ。悪役ぶるからそうなるのだ。創作物の世界では――特にここのような、やさしい世界では――悪は必ず潰えるというのに。





