9.作画が違う。 違いすぎる。
だが、この変装とも言えないような仮面だけでは、さすがに顔見知りのロベルトやアイザックにはバレてしまうのでは。
そう思って横目で様子を窺うが、突然現れた仮面の男たちに怪訝そうにしているものの、気づいている様子はない。
何故だ。顔の一部もしくは全部が隠れているとはいえ、ほとんど全部出ているではないか。
だいたい声だってそのままである。普通、知り合いの声くらい聞いたらわかるだろう。
特に一人は片言だ。これで気づかないのは無理がある。もしかして他人に興味がないのだろうか。
そこまで考えてはたと気が付いた。
漫画やアニメ――というか二次元の仮面キャラは、どんなにバレバレであっても、何故か誰も正体に気づかないのがお約束なのだ。
魔法少女や戦隊ヒーローが変身していれば正体がバレないのと同じである。
いくら似ていても、そっくりでも、ほとんどモロ出しであっても、バレない。理由は分からないがとにかくそういうことになっているのである。
まさかこんなところで体感する側になるとは思わなかった。
願わくば一生画面の向こう側から突っ込みを入れる側でいたかった。
「コイツの力は王都なんかに置いとくにゃ勿体ねぇ」
声がした。
いや、声よりも先に――その場を支配する重圧に、意識が持っていかれる。
師団長クラスから、一般の騎士、そしてリリアやアイザックに至るまで、その異様な気配に振り返った。
圧というか、気というか……覇気というべきか。
そして次に、ずん、ずん、という地響きが近づいてくる。
現れた男は、身の丈2メートルはあろうかという髭面の大男――十三師団の師団長だ。
「よう、久しいな。公爵家の」
大男が片手を上げて、私に向かって挨拶をする。
近づいてくると、そのガタイもあってより一層大きく感じる。羆もかくやという驚きのスケール感だ。
というより――作画が違う。
違いすぎる。
正直言ってサイズよりもそちらが気になって仕方がない。乙女ゲームの世界はどこへ行ってしまったんだと問い詰めたくなる作画だ。
屈指の腕前を持つ近衛師団長だってまだ渋めのイケオジの範疇内に収まるヴィジュアルをしているというのに、この大男は完全に世紀末である。
邪魔する奴を指先一つでダウンさせそうな劇画調である。
昨今少年漫画でだって見ないような首の太さだ。
乙女ゲームの世界で許されるのはせいぜい肩幅くらいのものだろう。それにしたってずいぶん時代をさかのぼるが。
「ウチでこそ最大限に使ってやれる。そうだろうが、なぁ?」
人を機動戦士みたいに言わないでほしい。私を一番うまく使えるのは間違いなく私自身である。
「ヴァンヘイレン卿」
王太子殿下が十三の師団長に呼びかけながら、一歩歩み出た。
十三の師団長がじろりと彼に視線を向ける。構図が完全に美女と野獣のそれだった。怖くない、的な。それは野獣ではなく完全に動物か。
「ヨハネス? 髪切ったか?」
「それは父です」
あの殿下の笑顔が引きつっていた。無理もない、殿下は国王陛下と髪の色も違えば年齢だってまったく違う。そして国王陛下は殿下よりも髪が短い。
何一つとして合っていなかった。
にもかかわらず、十三の師団長は「そうかそうか」とか言いながら大口を開けて豪快に笑っている。
文字にすると「だっはっは」、だろうか。特徴的な笑い方まで少年漫画のキャラクターじみていた。
訓練場や騎士団に身を置いているのだ、私も脳筋と呼ばれる人種と会話をするのは慣れている。殿下だってそうだろう。何せ身近にロベルトがいるのだ。
だが十三の師団長は、それを軽々と超越してくるレベルで話が通じない。
豪快さはさておき、人語が通じない相手との会話は、徒労以外の何物でもない。どっと体力を持っていかれるのだ。
何となくバチバチと前哨戦じみた火花を散らしていた他の師団たちも、蜘蛛の子を散らすように解散していく。
私も訓練場の面々も、それに乗じてそそくさとロビーを後にした。
戦場では頼りになるものの――それ以外では関わり合いになりたくない男。
それが十三の師団長の評価であった。





