8.「推しカプ結婚しろ」
取りとめもないことを考えていると、ダイアナがうっとりと頬を染めて私に熱視線を送っているのに気が付いた。
あれ。これは、まずい。何かまずいことを言いそうな気がする。
「だってわたくしたちは、エリザベス様を家族として迎え入れるのですもの」
ざわ、と周囲にざわめきが広がる。
違う。その言い方は非常に語弊がある。語弊しかない。
グリード教官たちが「うわ隊長」「またやってんのか」「養殖ジゴロ」とか囁き合っているのが聞こえてきた。
やってない。何もやっていない。むしろ私は彼女に嫌われに行ったのだ。
第四師団の師団長が「初恋泥棒」、副師団長が「また刺されるぞ」とぼそぼそ呟いた。
違う。不本意な二つ名を増やさないでほしい。だいたいまたってなんだ、またって。
先輩は「デッッカ……」とこぼしていた。もうずっとそのままでいてほしい。
彼らの考えていることは的外れである。これは私が王女様を誑かした結果の発言ではない。
彼女はただ、推しカプを結婚させたいだけなのだ。
そしてそれを壁になって眺めたいだけなのだ。
「推しカプ結婚しろ」が比喩表現ではなくガチの結婚なところが恐ろしい。
それでいくと「壁になって眺めたい」も比喩表現ではなく自分が埋まるための壁とか作らせそうで怖い。
それだけの行動力と財力と権力を持っているところが余計に始末に悪い。
「ね、兄様♡」
「いや、あくまで今回は戦力って話で……」
「リチャードってほんとヘタレよねぇ」
「姫さんはちょっと黙ってな」
ディーによってリチャードが引っ張り出されてくる。
彼は私の方をちらりと見ると、戸惑ったように視線を逸らした。
一見すると、おっとり美人系のダイアナ、ツンデレ金髪ツインテールのマリーと美少女二人に挟まれて、まるでラノベ主人公のような構図だが……内実はBのL的要員として動員されている哀れな実兄である。気の毒で仕方がない。
西の国の未来は彼にかかっているといっても過言ではないので、強く生きてほしい。
「ちょっとちょっと、他国からの引き抜きは見過ごせないな」
リチャードに同情の眼差しを向けていると、そんな声が飛んできた。
先ほどまでとは違う。声を掛けられるまで誰かが近づいてきたことに気づかなかった。
気配が微細すぎて、この人数の人ごみの中では拾えないほどだったのだ。
私を含めて、その場の騎士たちに緊張が走る。
だが目の前に現れた男の姿に、その緊張は困惑へと変わっていった。
何故かといえば――その男は、仮面で顔を隠していたからだ。
カラスの嘴のような形の、いわゆるペストマスクに似た形のマスクだ。そのくせ、口元は覆われていない。
ペストマスクなら口と鼻を真っ先に覆っておくべきなのでは。
そしてマスクからはみ出た口元の無精ひげと、無造作に束ねられた鶯色の髪。気だるげな口調には覚えがある。
何より、いくら人ごみの中とはいえ、私や近衛の師団長まで気づかないほどの隠密行動がとれる人間の数は、そう多くないはずだ。
ペストマスクの後ろ、陰から抜け出すようにもう1人、男がひょっこりと姿を現す。
「そうデス! ワタシがこの国から出られないのに、他の国に行かれるのは困りマス!」
「お前はややこしくなるから黙っててね」
オリエンタル――というか言ってしまえば和風の狐面の男を、ペストマスクが押しのける。
狐面の男は顔は全く見えないが、長い黒髪と浅黒い肌、そして特徴的な片言から、誰が中の人かは一目瞭然だった。彼の中の人は中堅声優だったが。
狐面……ヨウの出身国は一体どこの国がモデルという設定なのかと、ゲーム制作陣を問いただしたくなる和洋折衷っぷりである。
和風のお面に、中東風の見た目、アジアっぽい服装、それなのに片言は英語交じり。統一しようという気がないのか、もはやわざとなのか。
「どーも。第十一師団の代理で来ました、雇われの者で~す」
そう気だるげに手を振るペストマスク……フィッシャー先生の姿に、周りの騎士たちが脱力していく空気を感じる。
おそらく近衛や師団長クラスになれば、第一師団の存在やその構成員について、多少は知っているだろう。
一応秘匿された機関だけに、大っぴらにその名前を出すことはしないようだが……その代わりに、第十一師団の名前を借りて参戦するらしい。
グリード教官がわざわざ「全十四師団中十師団」などという言い方をするから、おかしいと思っていたのだ。
第一を除けば騎士団は全十三師団のはず。元第一師団の所属だったらしい彼が「全十四師団」ということの意味は、つまり。
この武道会への第一師団の参戦を、示唆していたのだ。





