7.攻略対象としての自覚を持ってもらいたい
「私が即位する頃にはきみにもそれなりの役職についてもらわなくてはいけないからね。近衛師団長ならちょうどいい」
「で、ですが、俺は隊長の下で、」
「それならリジーには総帥のポストを用意しよう」
「そ、そうすい……」
王太子殿下の耳障りの良い言葉に、ロベルトが秒で懐柔されかかっていた。何やら頭の中で思い浮かべているのか、ぼんやりとした目をしている。
いつの間にか歩み出ていた第四の師団長が、ロベルトの腕を掴んで回収していく。その後で副師団長に肘で小突かれて、我に返ったロベルトがぶんぶんと振り払うように首を振った。
王太子殿下が私に向き直る。
紫紺の瞳が私を見上げて、ふわりと細められた。
「現総帥は引退も近いし。きみにはまずは最初は私付きの近衛騎士として」
「ちょえーいッ!」
王太子殿下がこちらに伸ばした手を、横合いから飛び込んできたリリアが叩き落した。
覚えのある気配がだばだば走ってくるかと思ったら、世が世なら即刻処されても文句を言えないような登場だ。
「ダメですよエリ様、そんなセクハラ上司のいる職場は!」
「いいのかな、聖女がそんな言葉を使って」
「大丈夫ですぅ~神様は心が広いのでそんなことでは怒りません~!」
リリアがべーっと舌を出す。
神様は怒らないかもしれないが、王太子殿下は怒るかもしれないくらいの不敬な行いである。
聖女で主人公だから――いや、王太子殿下がリリアにホの字だから許されているようなものだ。
リリアがこちらを向いて、両手で私の手をぎゅっと握る。
「時代はワークライフバランス! お友達と一緒に応募OK、アットホームな第七師団こそエリ様にぴったりな職場です!」
私は働き先にアットホームさを求めていない。
あと「お友達と一緒に応募OK」も求人広告としてはアットホームとどっこいどっこいの地雷臭がある気がする。
リリアに天下一武道会のことを話した後、何やらコソコソやっていると思ったら第七師団を説得してエントリーするように仕向けたらしい。
第七師団は近衛や十三と似た特殊性を持っている。教会付きの騎士――いわゆる聖騎士が集う師団であった。
王都の総本山たる大教会の警護はもちろん、国内各地に点在する教会の巡回警備、聖女や司祭の護衛などを担当している。
つまるところリリアはそこに私を引っ張り込んで、今のようにほぼ毎日顔を合わせる環境を作り出そうとしているのだ。
どんな執念だ、それは。誰か別の人間に向けてほしい。攻略対象とか。
第七師団も誰か止めろよと思ったが、彼らにとっては聖女というのは信仰の対象のようなものである。
いざとなれば魅了の力もある中で、逆らえと言うのは土台無理な話だ。
「あら、アットホームというなら我が国も負けていませんわ」
また人の気配が近づいてきたかと思えば、今度は西の国の面々が現れた。
いくら国立競技場のロビーがそれなりに広いとはいえ、人口密度がすごいことになってきている。
たいへん美しい淑女の礼を取るダイアナ王女。
集っている騎士たちのほとんどが彼女の規格外の胸部装甲に視線を奪われ、礼を執るのが一瞬遅れていた。
仕方がない。これまでのむさくるしい絵面から一転、急に美女が現れたのだ。
むしろ動じていない面々はどういう精神をしているのか問いたい。
見慣れているだろう王太子殿下はさておき、ロベルトとアイザックが何の反応もせずしれっとしているのはどういうことだろう。
どうしてだ。ロベルトはもしかすると大胸筋と女性の胸部装甲の区別がついていないのかもしれないが、女性が苦手なアイザックはもっと気まずそうに目をそらしたりしていてもいいだろうに。
というか真面目系眼鏡キャラに求められているのはそういう反応ではないのか。頬を染めて「破廉恥な!」みたいな。
やれやれ、もっと攻略対象としての自覚を持って、キャラ作りに励んでもらいたいのだが。





