6.画角のむさくるしさが一気に上がった
「宰相様―、これどこ持ってくんだっけ?」
「これは実況解説席だな」
「横断幕用の資材は?」
「客席後方だな、総務部の人間が設営作業をしているはずだ」
ぞろぞろと現れた訓練場の面々が、アイザックに声を掛ける。
アイザック、まだ宰相職を継いだわけでもないのに「宰相様」と呼ばれているらしい。
もはや子どものあだ名みたいなものだろうか。別に博士の学位があるわけでもないのにあだ名が「ハカセ」みたいな。
片や超体育会系、片や超理系で相性が悪そうに思うのだが、不思議とすっかり馴染んでいた。
「隊長、準備できたか?」
「準備?」
「ウチに骨を埋める心の準備」
ニヤリとグリード教官が口角を上げて笑う。
そんなものは出来ていない。
もちろん、出来るなら訓練場か、第四か、そのどちらかに勝ってほしいとは思っていた。
だが、近衛も十三も難敵だ。ロベルトだってどのくらい通用するか分からない。
ふと、教官たちの中にロベルトの姿がないのに気が付いた。
あいつのことだから人一倍張り切っているのではないかと思ったのだが。それとも張り切りすぎてまた山籠もりにでも出ているのだろうか。
教官たちやアイザックと話しながら歩いていると、競技場のロビーで第四師団の一団とばったり行き会った。
皆会場の下見を兼ねた準備の手伝いに駆り出されているらしい。
「やほー」とか何とか言いながら片手を上げる師団長、顎髭を摩りながらこちらに鋭い眼光を送ってくる副師団長、それは前が見えないんじゃないかという量の荷物を持たされている先輩。
そしてその後ろに控えていたのは。
「ロベルト?」
「隊長!」
元気いっぱいの笑顔で私に挨拶をする、ロベルトだった。
彼はいつものキラキラを私の顔面にこれでもかと降り注ぎながら、駆け寄ってくる。
ロベルトが第四の人間と行動を共にすること自体は珍しくない。私と彼が警邏に混ぜてもらっているのは第四師団なので、皆面識がある。
だが、このタイミングでロベルトが訓練場ではなく、第四のメンバーと行動を共にしている。それには少々、違和感があった。
「お前、どうして第四に」
「ロベルトてめー裏切り者ー!」
「そうだそうだ~! 第四に寝返りやがって~!」
「うッ……申し訳ありません」
教官たちの野次が飛ぶ。
ということは……ロベルトは今回訓練場の所属ではなく、第四の所属としてこのチキチキ(略)会に参加するのか。
ブーブーとブーイングする教官たちは口調からして本気と言うよりおふざけ半分なのだろうが、それにしても何となく、意外に思える。
私よりもよほど騎士道とやらに熱心なロベルトであれば、最初に自分の面倒を見てくれた訓練場を差し置いてまで、他のチームの味方に付くようなことはしないような気がしたのだが。
しばらく唇を噛み締めて野次を甘んじていたロベルトだが、やがてわっと両手で自分の顔を覆った。
「騎士道に悖る行為だというのは承知の上……ですが俺は、騎士として、師団長として隊を率いる隊長のお姿が見たいと……そして俺もその下で働きたいと、その欲求には抗えず……!!」
どういう欲求だ。
あとそろそろ身分と言うものを理解してほしい。王族が下についたら皆やりづらくて敵わないだろうが。
「おや」
靴音が近づいてきたかと思って振り向けば、銀糸の髪を揺らした王太子殿下が現れた。
背後には師団長をはじめ、近衛の面々を引き連れている。
私から見える画角のむさくるしさが一気に上がった。
にこりと優美に微笑んで歩み寄ってくる王太子殿下が唯一可憐な雰囲気を纏っているが、それだけでは到底相殺できない男くささだ。
いや、乙女ゲームの世界だけあって顔がいい男は多いのだが、そういう問題ではない。ガタイの問題だ。
「それなら近衛師団でも問題はないよね?」
王太子殿下の言葉に、ロベルトがきゅっと口を噤んだ。
ロベルトは問題ないかもしれないが、私の方には問題がある。是非とも私に問いかけていただきたい。





