3.アットホームな職場です
「こっちには前途ある若者の育成っつうやりがいがあるんだよ!」
「やりがいでご飯が食べられたら誰も苦労しないよねぇ」
師団長がやれやれと首を横に振る。
私もあまり「やりがい」と言われても魅力は感じないタイプなので、その考え方は理解できる。
アットホームとかやりがいとか、そういうものは仕事にはまったくもって求めていなかった。
アットホームというのは本来良い意味の言葉のはずなのに、職場の紹介で使われると途端に胡散臭くなるのは何故だろう。
「アットホームな職場です!」とかいう謳い文句とともに笑顔の労働者の写真が載せられている求人を見ると、言葉に反してとんでもなく地雷感がある。
「そういう仕事の仕方してるから奥さんに逃げられるんだよ」
「逃げられてねぇよ! まだ!!」
「え~? 秒読みって聞いたけどな~??」
グリード教官の家庭、そういう感じなのか。
同僚のプライベートにあまり関心がなかったのでほとんど知らなかった。既婚者だとは思っていたが……細君が主導権を握っているタイプのご家庭か。
それならマゾヒストなのも納得……いや、深く考えるのはやめておこう。他人様の家庭事情など知らないに越したことはない。
二人が言い合っているのを横目に、帰宅準備を再開する。
ああ、そういえば週末は殿下に呼びつけられているんだった。今は何やらぬいぐるみづくりにお熱らしいが、あの人はいったいどこへ向かっているのだろうか。
「隊長はどうすんだ!?」
「バートンちゃんはどうするの!?」
二人を置いて帰宅しようとしたところ、呼び止められた。
どうと言われても、私にも明確な展望があるわけではない。
むしろどうすべきか決めかねているのでこうなっていると言ってもいい。
私にとって大切なのは、実家から通えて、それなりの給料がもらえて、命の危険がないことだ。
あとは時間外労働が多くなくて、書類仕事を強要されないとよりいいだろう。
それを満たしているなら、どこでも大差ない。
そこまで考えて、ふと閃いた。
どこでも大差ないのなら、条件を並べてもらってそこから一番都合の良いところを選べばよいのだ。
近頃は転職活動でもオファー型というのを聞くし、私だって選択権があるのであれば一番条件が良さそうなところを選びたい。
競い合ってよりよい条件を提示してくれるかもしれない。これぞ競争市場というものだろう。
そう提案したところ、二人は「それであれば」と納得した。
てっきりその後条件提示があるものだと思っていたのだが……
「隊長、名前何にする?」
「名前?」
後日グリード教官に呼び止められて、そう問いかけられた。
新たに犬でも飼い始めたのかと思ったが、この人の場合それは本当の犬だろうかと不安になったので、念の為確認することにする。
「何のですか?」
「何って。隊長がどこに就職するか決める大会だよ」
は??
言われてグリード教官の手元を覗き込めば、何やらトーナメント表のようなものが書かれていた。
数字が書いてあるのは、騎士団の師団の番号だろうか。だとすれば「13」があるのが非常に不吉である。
「最初はウチと第四だけの予定だったんだけどよ。他も是非ってんで、じゃあいっそのこと恨みっこなしに、希望部署は全参加になってよ」
確かに競い合えとは言った。だがそういう意味ではない。
条件面で戦って欲しかっただけなのに。
「他国からも参加があるらしいぜ。もう王都を挙げての一大イベントだな」
グリード教官は他人事のように笑っているが、笑い事ではない。
他国というと、思い浮かぶのは某国の腐女子王女の顔である。
訓練場と第四師団ならどっちに就職してもいいと思っていたのは確かだが、十三師団とか西の国まで出てくるのでは話が違う。実家から通えない時点で条件面でNGである。
トーナメント表の隅っこには国立競技場で会場確定、とか書かれている。こんなことで国立の施設を押さえるな。
「で、名前何にする?」
私が決めたいのは名前ではない。主に参加資格とかを決めさせて欲しかったし、実際に正々堂々剣で戦うのではなく条件とかおまけとか賄賂とかそういう部分で戦ってもらいたかった。
何よりこんなに大事になる前に相談してもらいたかった。
軽い気持ちで言ったことが、どうしてこんなことに。
今すぐ中止を申し立てたいが、もはや私個人の意思ではどうにもならないことになっている気配をひしひしと感じる。
この段になって、名前だけ委ねられても。どうしろというのか。
私はため息をつき、もはやどうにでもなれという投げやりな気持ちでもって、応えた。
「天下一武道会とかでいいんじゃないですかね、もう」





