1.突っ込みだしたらキリがない
ことの発端は、学園で配られた進路希望調査票だった。
こんなものを配るなんて現代日本の高校じゃあるまいしと思ったが、そのあたりは日本製の乙女ゲームなので、突っ込むのが野暮というものだろう。
授業が4月始まりだったりクラスというものが存在したり自分の席が決まっていたり、そのあたりは突っ込みだしたらキリがないからな。
そしてあながち、全く意味のない書類というわけでもない。
王立研究所付属の研究者養成機関への進学や、王城の侍女を希望する生徒に対しては、学園からの推薦枠があるのだ。
特別クラスの女子生徒は半分以上婚約しているが、卒業後に全員がすぐさま結婚する……というわけでもない。
婚約者がいても花嫁修業の一環として王城や高位貴族のお屋敷での奉公を希望することも多い。
侍女と言われて一般的に想像するような仕事だけでなく、子どもがいる屋敷では教育係のような仕事があったり、令嬢の場合は年頃の近い侍女を友人を兼ねた側仕えとして扱うこともあったりと、むしろある種のステータスになっていると聞く。
人脈作りや社交のいろはを実践的に学ぶ場として有用なのだ。
男子生徒でも、後継ぎの長男は別として、次男以降は官僚や騎士、研究者に教師など、意外と選択の幅は存在する。
学生の進路を調査して何に役立てているのかはよく知らないが……学園案内のパンフレットとかに「卒業生の就職先」とか載せているのだろうか。……幅がある以上調べることに一定の意味を見出していること自体は理解できる。この紙を配ること自体に異論はない。
問題は……私のように将来やら進路やらを後回しにして生きている人間にとって、非常に扱いに困るものだという点のみである。
訓練場の教官室で荷物を整理しているときに、ふと突っ込んだままになっていたその紙を発見し、さて提出期限はいつだったかと眺めていたところを、グリード教官に見つかったのだった。
「進路なんざここに決まってんだろ。俺が書いといてやるよ」
当然のように言い放って手を差し出してくるグリード教官。
まぁ、それが現実的なセンだろうと私も思ってはいた。
騎士団の方は女人禁制である。バイトならともかく正規の騎士としては働けない。
ここなら家から歩いて通えるし、仕事内容にも慣れている。休みはシフト制だが、夜は夕飯までには帰れる日がほとんどだ。
だが何となく、それでいいのだろうか、という思いもあった。バイト先にそのまま就職するというのが別に悪いというわけでもないのだが、「本当にそれでいいのか?」という問いが付き纏う。
この世界には新卒カードなどというものはないのだろうが、それでも、「他を見なくてよいのか」と、そう問われているような気になるのは確かだった。
「それともどっか嫁に行く当てでもあるのか?」
「あると思います?」
教官の質問に質問で返すと、彼は答えずに大口を開けてからからと笑った。つまりはそういうことである。
「書いたからって決まるわけでなし、テキトーに書いちまえって。ほら」
「ちょーっと待った!」
「げ」
教官室のドアが開いたかと思えば、ここで会うのは珍しい面々が入ってきた。
グリード教官が顔をしかめて、苦々しげに言う。
「第四師団」
教官の言う通り、現れたのは私が警邏のバイトで世話になっている第四師団の師団長と、そこの団員たちだった。





