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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第6章 魔女編

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閑話 ロベルト視点(2)

魔女編の閑話、ロベルト視点です。

全2話の2話めです。


第2部第6章魔女編「58.私の毎朝1時間の努力」あたりまでの内容を含みます。



 その日、隊長が交代の時間になっても詰所に現れなかった。

 隊長が連絡もなく警邏に来なかったことなど今まで一度もない。

 先生に見つかって無理矢理帰らされたという時だって知らせはあった。こんなことは初めてだった。


「俺、探してきます!」


 そう言って、まず隊長の家へと向かった。ちょうど俺の勤務時間は終わったところだったので、誰も俺を止めなかった。

 何かトラブルがあってまだ家を出られていない可能性が高いと思ったのだが、公爵家の使用人が言うには、隊長はもう30分以上前に家を出ているということだった。


 途端に、不安が押し寄せてくる。

 隊長は交代の時間に間に合うように家を出たにも関わらず、詰所に来ていないということだ。


 つまり……途中で、問題が起きたのでは。

 理由は分からないが、胸騒ぎがする。もしかして隊長の身に何か、あったのか?


 とりあえず詰所への道を戻りながら、考える。

 隊長なら、どこへ行く? 特に事故や事件が起きている様子はなかったが……何か道中に、気を引くようなものはあっただろうか?


 歩いていると、ふとある建物が目についた。

 そうだ、教会。今日はきっとリリア嬢がいるはずだ。何かのついでがあってそこに立ち寄ることはあり得るかもしれない。

 教会の正面へと回ると、ちょうどリリア嬢が門を出てくるところだった。


「リリア嬢!」


 駆け寄ると、リリア嬢が俺を見上げる。

 その顔はきょとんとしていて、何か事情を知っているようには見えなかったが……念の為に確認する。


「隊長を見かけなかったか?」

「え? い、いえ、わたしも今、教会のお勤めが終わったところで」

「……そうか」


 首を横に振るリリア嬢に、そう返事をした。

 やはり、見ていないか。

 では、隊長はいったいどこへ?


 どんどんと不安が募ってくる。

 あてなどないが、しかし……探すしかない。


 気を取り直して、リリア嬢に告げる。


「協力感謝する。それでは」

「あ、あの!」


 踵を返そうとした俺を、リリア嬢が呼び止めた。

 リリア嬢はどこかオドオドとした様子で俺を見上げながら、問いかける。


「エリ様に、何かあったんですか!?」

「……それが、今日隊長は夜警の当番だったんだが……約束の時間になっても姿が見えず」


 そこから話すごとにどんどんとパニックになっていくリリア嬢を見ていると、こちらは逆に落ち着いてきた。


 目星がつかない以上、まずは第四師団の詰所に戻って事情を説明するべきだろう。

 そして協力して隊長を探してもらうことにして、俺は一度城に戻って護衛から近衛に連絡を入れて……


 そう考えていたところで、こちらに近づいてくる気配に気がついた。

 その気配の主に覚えがある。だが何故、こいつがここに?


 素早く後ろを振り向くと、リリア嬢を背に隠し、腰の剣を振り抜いた。


「見つけタ、聖女!」


 気配から予想した通りの人間……ヨウが暗闇から姿を現した。

 また何か良からぬことをするつもりかと一瞬身構えるが、その風貌を視認して警戒よりも疑問が先に立った。


 ヨウは見るからにずたぼろになっていたのだ。

 顔は思い切り殴りつけられたかのように腫れていて、右腕はだらりと垂れている。そのほかにも、立ち方から腹を庇っているのが見て取れる。

 服も破れているし、汚れている。壁を支えに立っているのがやっとの様子だ。


 スパイだっただけあってそれなりに腕は立つ。特にスピードはかなりのものだった。

 そのヨウが、逃げられずにこれだけ痛めつけられるとなると……相手は、もしかして。


 だが、もし本気の隊長と対峙したなら、こいつが逃げおおせるはずがない。

 あくまでそれなりの腕前でしかないヨウをここまで痛めつけるような事態になったとして、それならば逃がしてやる理由はないはずだ。


 構えていた剣を一度下ろして、問いかける。


「何の用だ、ヨウ・ウォンレイ」

「お願いデス」


 ヨウが口を開いた。

 その声は妙に切羽詰まったもので……乾いて張り付いた喉から絞り出したようだった。


「エリザベスを、止めてくだサイ」



 ◇ ◇ ◇



 馬を駆って夜の街をひた走る。リリア嬢を後ろに乗せて、必死で手綱を操った。


 隊長が魔女に連れ去られそうになっている。それを正気に戻せるのは、聖女であるリリア嬢だけ。

 ヨウの様子から、嘘を言っていないことは読み取れた。いや、たとえ嘘であっても、罠であっても……こんな話を聞いてじっとしているなどと、俺には無理だっただろうが。


 早く、早く。

 隊長に追いつかなければ。隊長を取り戻さなければ。


 遠くに人影を見つけた。

 後ろ姿、歩き方。確信してその背に向かって叫ぶ。


「隊長!!」


 追いついた。馬に止まるように指示し、そのまま背から飛び降りる。

 隊長は俺の声が聞こえているはずなのに、立ち止まらなかった。そのまま歩いて行こうとする隊長に駆け寄り、その肩を掴んで振り向かせようとする。


「隊長、どこへ」

「離せ」


 俺の手を、隊長が振り払った。

 こちらを振り向いた隊長の瞳は、今まで見たことがないくらいに冷たく……何の感情もこもっていなかった。


 ただひたすらに邪魔なものを見るような、不要なものを見るような目だ。

 邪魔だから振り払う。

 邪魔だから排除する。

 それだけの意思しか感じられない目に、ぞくりと悪寒が走る。


 こんな顔をする隊長は、知らない。

 だって隊長はいつも、強くて気高くて、厳しいながらも優しくて、格好よくて。


 恐ろしいくらいに強い人だということは知っている。

 今の俺では到底敵わない人だということも知っている。


 だが……こんなふうに。

 まるきり無感情に……俺に害意を向けられるような人では、ないはずだ。


 隊長と対峙しているのに、俺が逃げるわけにはいかないのに、踵がじりじりと後退を始めそうになる。

 それほどまでに、恐ろしかった。


 今の隊長と戦うのは、いつもの手合わせとは訳が違う。そう直感していた。

 この戦いでの負けは、死に直結している。

 握りしめた拳の内側に、じわりと汗が滲む。


 それなら、逃げるか?

 一旦引いて、第四師団や近衛の騎士を連れて戻って、数の利を活かせば、あるいは。


 だが隊長が、それまで大人しくしていてくれるわけがない。

 この場を離れた瞬間にもどこかへ行ってしまうだろう。

 また追いつける保証もない。もしかしたら、見つけられないかもしれない。


 そうなったら、俺はきっと、後悔する。

 ここで俺が立ち向かわなかったことを、きっと、一生後悔する。


 隊長なら、どうする?

 俺の尊敬するあの人なら、こんな時。

 そう考えると、答えは一つしかなかった。


 大切な人を守るため、街の平和を守るため。

 俺が選ぶべきは、たった一つだ。


「リリア嬢」


 隊長から視線をそらさずに、リリア嬢を呼ぶ。


 覚悟をしても、怖かった。

 俺がやらなければ、俺が戦わなければ、隊長を失うかもしれない。冷や汗が顎を伝う。


 それでも、俺は。

 息を吸って、吐く。

 いつも俺の背中を押してくれる隊長の姿を思い浮かべた。

 前を見る。震える膝を黙らせて、隊長と向き合う。


「俺が何とかして隙を作る。だから、その隙を見て」


 俺の言葉に、リリア嬢は真剣な面持ちで頷いた。

 リリア嬢も俺と同じだ。

 隊長を連れ戻したいと、そのために覚悟を決めたのだ。


 相変わらず感情の宿っていない瞳でこちらを見る隊長に、唇を噛み締めて……剣の柄に、指をかけた。


 隊長。

 俺の、俺たちの隊長なら、きっと。

 魔女になんて、負けない。

 正気に戻ってくださる。俺はそう、信じていた。



 ◇ ◇ ◇



 力の差は歴然だった。

 普段の隊長よりは無駄な動きがあったり、妙な力が入っていたりとぎこちない点はあったが……それでも、俺が太刀打ちできる相手ではなかった。


 剣術の枠を外れた、完全に実戦向けの攻撃まで織り交ぜたものの……俺では、敵わなかった。

 リリア嬢の放った「聖女の祈り」も切り伏せられて、武器も奪われた。


 俺たちに出来ることは、残されていなかった。

 俺に向かってナイフを振りかぶる彼女を見つめる。


「隊長」


 隊長を呼ぶ。

 自分の声が妙に静かで、落ち着いていて――自分で少し驚いた。


 すみません、隊長。

 俺はあんなに、貴女に鍛えてもらったのに。

 強くなったと、思っていたのに。

 肝心なところで、結局、俺は。


 これが最後になるのかもしれない。

 そう思うと……身体が無意識に動いていた。


「俺、貴女にだったら――殺されてもいい」


 隊長の背中に腕を回して、抱き寄せる。


 結局、俺に出来ることはなかった。それは俺の力不足によるものだ。素直に悔しい、と思う。

 俺がもっと強ければ……貴女を止められたのに。


 だがそれでも……諦めたくない。貴女を信じることだけは、諦めたくない。

 誰よりも強くて、気高くて、格好よくて……やさしい貴女のことを。

 俺が信じた、俺が憧れた、貴女のことを。

 隊長が、魔女なんかに、魔法なんかに、負けるはずがないと。


 それが俺に出来る、最後の悪あがきだ。

 俺は最後まで、貴女と共に。


 目を閉じて、その時を待った。

 だが、衝撃は訪れなかった。


「ふ、ざけるな!!!!」


 隊長が、俺の耳元で叫んだ。

 はっと目を見開いて、わずかに体を離して彼女の目を見る。


「あ、」


 彼女もまた、驚いたような顔をして俺を見上げていた。


「隊長、?」


 呼びかける。

 隊長はぱちぱちと目を瞬いて、そして自分の手のひらを見た。

 その手のひらには、爪が食い込んで血が滲んでいた。


 隊長だ。

 不思議そうに瞬きを繰り返すその表情に、喉の奥が急に塩辛くなって、涙で視界が滲む。


「っ、うわ!? なんだお前、急にどうしたんだ!?


 隊長だ。

 いつもの隊長だ。

 戻ってくれた。戻ってきてくれた。


 手のひらの爪の痕が物語っている。隊長も、魔女に操られながら、戦っていたのだ。抗っていたのだ。

 そして隊長は、勝ったのだ。


 瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 衝動に任せて、彼女の体を思い切り抱きしめた。


「隊長!」

「ぐえ」


 暖かい。

 隊長の体温を感じて安心する。

 よかった。

 本当に、よかった。


 隊長が戻ってきてくれて、本当に。


 そこですっかり気が抜けてしまって、安心してしまって。

 隊長が正気に戻ってくれたのだから大丈夫だと、もう心配はないのだと、そう思ってしまって。

 気づかなかった。

 いや、気づいてはいたのだが……それが大きな問題だとは、思っていなかった。


「……ロベルト」

「は、はい!」

「すまない、運んでくれ」


 隊長がそう言った瞬間、ふっと彼女の体から力が抜けた。

 慌てて駆け寄り、間一髪のところでその身体を抱き留める。

 意識を失ったその身体は、以前に抱き上げた時よりも重く感じたが……それでもずいぶんと、軽かった。


 そこで、やっと気づいた。

 いや、やっと、問題だと認識したのだ。

 隊長のズボンが血でぐっしょりと濡れていることを。

 大腿部にナイフが深々と突き刺さっていることを。


 正気を取り戻すために、気付けのためにやったのだろうが……太腿には太い血管が通っていると聞く。

 傷つければ大量に出血するだろう。そして……大量に血液を失えば、人は……死ぬ。


 そんな当たり前のことを、俺はすっかり意識から追いやっていた。

 隊長がいつものように振る舞っていたから、隊長ならきっと大丈夫だろうと、勝手に、無意識のうちに、思っていたのだ。


 だが……思い出した。

 俺を庇って刺された、あの日のことを。

 この人は誰かのために、自分の身を犠牲にするような無茶をする人だと。


 広がる血の海を見て、青白い顔の隊長を見て、俺まで血の気が引く。

 どうする、もし、隊長が……このまま。


 頭に浮かんだ悪い想像を振り払って、隊長の身体を抱き上げる。

 隊長は、俺に言ったのだ。運んでくれと。

 それなら俺は、その指示に従うべきだ。きっとこの人が、それが一番いいと思って、そう指示を出したのだから。


 リリア嬢が足をもつれさせながらも駆け寄ってくる。

 聖女の祈りの光が隊長を包んだ。


「き、傷は、塞がりました、けど……」


 見た目には、変化はない。

 唇まで青白くて、まるで……死人のような顔をした隊長に、何とか取り戻した冷静さが失われていく。


「こ、こんなに、血が……」


 騒ぎを聞きつけてやってきた騎士と俺の護衛の足音に、はっと我に帰る。

 いけない。俺までパニックになってどうする。

 隊長は、俺に任せてくれたのに。


 騎士に魔女を引き渡し、詳しい説明はリリア嬢に任せて、俺は馬を借りてバートン公爵家へとひた走った。

 運んでくれと言われたが、行き先はここしか思いつかなかったのだ。


 隊長を抱えてバートン公爵家へと飛び込む。

 慌てた様子の使用人たちに彼女を預けた瞬間、ふっと緊張の糸が緩み……またも、不安に襲われた。


 もしこのまま、隊長の目が覚めなかったら?

 もしこれが……最後になってしまったら?

 そう思ったら無性に怖くなった。


 居ても立っても居られなくなり、バートン邸の奥に押し入った。

 彼女の気配を探して、使用人たちの制止も無視してずかずかと屋敷の中を進む。


 ベッドに寝かされた青白い顔の彼女に、頭を殴られたような衝撃に襲われた。

 ふらふらと駆け寄って、その手に触れる。

 俺よりも、体温が低い。

 けれど、脈はある。まだ、温かい。


 その鼓動を感じて、ほっと一息ついた。

 でもこれがもし、止まってしまったら。

 そう思うと、握った手を離すことが出来なくなった。


 使用人も、彼女の兄も、両親も。次々にやってきて俺に退出するように言ったが、俺にはただ、首を横に振るだけで精一杯で……誰に何と言われようとも、そこを動くことができなかった。



 ◇ ◇ ◇



 三日後……隊長が、目を覚ました。

 三日がとてつもなく長く感じた。永遠に思えたくらいだ。


 よかった。本当に、よかった。

 この腕に抱いた彼女を失うかと思ったとき、本当に怖かった。

 俺は隊長なしでは、生きていけない。


 号泣しながら抱きついた俺を困ったように見つめる隊長がいつも通りで、嬉しくなる。

 そして……俺を引き剥がそうとする隊長の力がいつもよりも弱々しくて、ことの重大さを改めて噛み締めた。


 だからこそ、こうして目を覚ましてくれたことが嬉しい。

 だからこそ……二度とこんなことが起きないように、俺はもっと、強くなりたい。


 騒ぎを聞きつけたのか、公爵家の侍女やリリア嬢が次々に部屋に飛び込んできた。

 俺と同じように泣きながら飛びついたリリア嬢を引き剥がしながら、隊長がやれやれとため息をつく。


「ていうか私すっぴんだから。満足したらさっさと出て行け」

「塩すぎる件!!」

「すっぴん」


 隊長の言葉に、首を捻る。

 すっぴんというのは、化粧をしていない状態を指す言葉のはずだ。


 だが今日の隊長は……いつもと変わらないように見えた。

 普段よりも少し顔色が悪いような気がするが……いつもと同じで、きりっとした、凛とした雰囲気を纏っておられる。きらきらと輝いているようで、眩しくなるくらいだ。


 隊長はいつもどおり、強くて気高くて、やさしくて、格好よくて、……美しいのに。

 思わず、ぽろりと疑問がこぼれた。


「隊長、いつもと何か違うんですか?」

「よし、お前も帰れ」




これで魔女編の閑話は完走です!

ご覧いただきありがとうございました!

途中期間が空いてしまったりして申し訳ございません。

ついてきてくださってありがとうございます。


しばらく休憩ののち、7月初旬くらいに新章の更新を始められたらいいなと考えています。


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― 新着の感想 ―
[一言] ロベルトが相変わらずの忠犬っぷりで可愛いです。 エリザベスは超塩ですが全く気にせずついていく様に癒されます〜! 魔女編完結おめでとうございます!! ありがとうございました。新章を全力待機す…
[一言] 更新感謝です。 気づいたら最初から読み直して3週目してた。何度読んでも面白い。 ありがとうございます。
[良い点] 更新感謝 ロベルト退散
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