閑話 ロベルト視点(1)
(※前書きを書き忘れていました。2023年6月3日追記)
魔女編の閑話、ロベルト視点です。
全2話予定です。
第2部第6章魔女編「14.魔女と私どっちが大事なんだ」あたりまでの内容を含みます。
隊長が! 帰ってきた!!
もうそれだけで嬉しくて嬉しくて、毎日が楽しくて仕方がなかった。
手紙をくださったのも嬉しかったが、やはり本人と会って話ができることが何より嬉しい。
学園でも訓練場でも、警邏でも会うことができる。毎日のようにお顔を見て、声が聴ける。
それがどんなに恵まれたことであるかを改めて実感して、己の幸運に感謝した。
お土産に下さったナイフは俺の宝物だ。
家宝にしようとしたがそれは固辞されたので、俺自身の宝物として毎日肌身離さず身につけて、時々取り出して眺めてはにやにやしている。
こんなに幸せで良いのだろうか、と思う日々だった。
◇ ◇ ◇
今日も隊長と一緒に訓練、とうきうきしながら準備を進める。
勢い余って本来の集合時間の一時間前に訓練場に来てしまったので、先に候補生の打ち込み用の藁束を準備していた。
設置を終えて、残りを教官室に保管しようとドアを開ける。
すでに隊長が出勤していて、その姿を見てパッと気分が上向いた。
「たいちょ、……」
だが次の瞬間、隊長の足にしがみついているヨウの姿を見つけて、血の気が引いた。
最近グリード教官が面倒を見ているとは聞いていたが、何故訓練場に。
いや、それよりも、……こいつ、どの面を下げて、隊長に。
考えるよりも先に身体が動いた。
抱えていた藁束を放り出して、隊長の身体を抱え上げる。
「た、隊長に触るな!」
「ロベル、トッ!?」
隊長をヨウから引き離して、ヨウを睨みつける。
地べたを這いつくばっていたヨウは俺のことなど視界にも入れず、肩の上の隊長を見上げていた。
その目には縋りつくような、恋焦がれるような……とにかく隊長への、並々ならぬ感情があふれている。
嫌だ、と思った。
隊長をこいつの視界に入れたくない。
頭に血が上るのを感じていると、不意に隊長に腕を叩かれた。
「ロベルト、サボテンって知ってるか?」
「? 植物のですか?」
「いや、組体操のやつ」
「??」
何を尋ねられたか分からないが、隊長の顔を見てわずかに冷静さを取り戻す。
あと一呼吸遅かったら、隊長を担いだまま外に飛び出すか、さもなくばヨウに切りかかるかしていたところだ。
隊長がまた俺の腕を叩く。
「とりあえず、降ろせ」
「嫌です」
即答で断った。いくら隊長の指示でも、それは聞けない。
相も変わらず隊長をじっと見つめているヨウを睨みながら、隊長に問いかける。
「お忘れですか、こいつが貴女に何をしようとしたか」
「結局何も出来なかっただろ」
「それでもです」
隊長はお優しい。とても度量の大きなお方だ。
だが少々、優しすぎるのではないか。
俺には真似できそうもない。隊長に刃を向けた人間を、許す気にはなれなかった。
ヨウの監視役であるはずのグリード教官に視線を移す。
「何故こいつが」
「いや、隊長の護衛にどうかと思ってよ」
「ごえい」
グリード教官の言葉を反芻する。
ごえい。護衛。
つまり、隊長を、守る?
この、隊長を害そうとした、犯罪者が?
何かの聞き間違いだろうと思ったが、何度考えてみてもグリード教官の言葉はそう言っているようにしか思えず、俺は咄嗟に隊長の顔を仰ぎ見た。
「お、俺ではダメですか!?」
「は?」
「俺の方が強いです! 俺の方が隊長のお役に立てます!! 護衛が必要なら、俺に貴女を守らせてください!! 貴女のためなら俺は、盾にでも剣にでも、」
必死で言い募るが、隊長の表情は芳しくない。
何故ですか、隊長。
俺に任せると一言言ってくだされば、そいつも諦めるかもしれないのに。
「ヨウのやつが、仕えるなら隊長がいいって言うもんだからなぁ」
グリード教官があっけらかんと言った。
その内容に、また怒りが俺の沸点を超える。
「きっ、貴様、隊長の命を狙っておきながらどの口で……!」
「ノン! 過去は過去、今は今デス! いつまでも後ろを振り返っていてはいけまセン!」
「何だと!?」
挑発するような物言いに、もう大人しくしていられなかった。
今にも拳を振り上げて殴りつけようかというタイミングで、今度は隊長の指が俺の額をなぞった。
一瞬思考が止まる。
まるで動物を宥めるような穏やかな手つきに、一気にそちらに意識を持っていかれた。
頭を撫でていただくなんて、子どものとき以来だ。ふわふわと気分が浮つく。
嬉しい。心地よくて気持ちが安らぐのに、胸がどきどきして痛いくらいだ。
ずっとそうしていて欲しいと思ってしまう。
「いつでもどこでも、朝から晩まで24時間一緒デスよ、ずぅっとお側で見守りマス!」
「ず、ずっと、いつでも、どこでも、お側で!?」
心地よさにぽーっとなっていたところ、耳に飛び込んできたヨウの言葉でハッと我に返った。
いつの間にやら隊長に近づいてきていたヨウから引き離すように体を捻って、隊長の顔を見上げる。
「た、隊長! 俺にしてください!!」
「どっちも断る」
すげなく断られた。落ち込みそうになったところで、ヨウの恍惚とした声が聞こえてくる。
「ああ、その目、イイ……」
「貴様! 隊長に近づくな!」
手を伸ばしてくるヨウを威嚇する。
俺の目が黒いうちには、絶対に隊長に近づけさせるものか。
◇ ◇ ◇
隊長と! 一緒に警邏!!
隊長と二人で夕闇の迫る街を歩く。
魔女は街の治安を乱す存在だ。見過ごすことは出来ない。街を、市民を、国の平和を守る騎士として、必ず検挙しなくてはならない存在だ。
だが、魔女のおかげで隊長と二人で過ごす機会が得られたことには感謝している。
普段よりも人気の少ない街を眺めていた隊長が、ふと俺に問いかけた。
「お前は会ったのか? 魔女」
「いえ、俺はまだです。……ですが、フランクは見かけたと」
「フランクが?」
隊長がこちらを振り向いた。
その鋭い眼差しには、興味の光が宿っている。やはり隊長も魔女の正体が気になっているのだろう。
「何か言っていたか?」
「それが『覚えていない』の一点張りで。女だった、ということしか」
「ふぅん」
歩きながら、隊長は何かを考えているようだった。
フランクは学園を卒業して今年騎士団に入ったばかりだが、隊長の元で一緒に訓練を積んだ仲間だ。
学園の剣術大会でも決勝まで勝ち抜いたし、かなりの腕前だった。
そのフランクが取り逃すとは……やはり、只者ではない相手なのだろう。
「絶世の美女か。会ってみたいものだな」
「そうですね。騎士として、規律を乱す不届き者は何としてでも捕縛しなくては」
隊長の言葉に、力強く頷いた。
隊長がこれだけ気合いを入れていらっしゃるのだ。俺も浮かれていないで気を引き締めなくては。
「……ん」
ふと、隊長が足を止めた。
俺も立ち止まって、彼女の視線の先を追う。
何かが動いた、ような気がした。
路地裏の奥に目を凝らすが、影が深くなる時間帯だ。はっきりとは視認できなかった。
「今、何か動かなかったか?」
「……気配は、わずかに」
隊長の問いかけを肯定する。わずかだが、俺にも感じ取れるものがあったからだ。
隊長と揃って剣の柄に手を添えながら、路地に向かってゆっくりと歩を進める。
「回り込め」
「はっ」
隊長の指示に短く返答をすると、足音を殺して駆け出した。
路地の反対側に向かって脇道を走る。
途中、すれ違った3人の男が隊長の方に歩いて行った。
酔っ払っているのか、ふらふらとおぼつかない足取りをしている。
武器を持っている様子はなかったし、街の人間だろう。無視して走る。
だが……その気配が隊長の近くで立ち止まったのを感じ取った瞬間、俺も足を止めた。
最近は魔女騒動で数は減っているものの、警邏をしていると酔っ払いに絡まれることはよくある。
隊長だって扱いには慣れているだろうし、何より隊長が酔っ払い程度に後れを取るはずがない。
今は酔っ払いよりも魔女だ。早く回り込んで、挟み撃ちにしなくては。
そう、頭では分かっていたのだが。
俺の身体は回れ右をして、隊長の元へと駆け出していた。
隊長の姿を見つける。
やはり先ほどの3人組の男と話していた。そのうちの一人が、隊長に向かって手を伸ばす。
瞬間、体が勝手にその腕を掴んで捻り上げた。
「おい、無視すん、いでででで!?」
「汚い手で隊長に触るな」
指示に従わずに戻った俺を、隊長が目を見開いて驚いたように見つめていた。
そして、やれやれと呆れたようにため息をつく。
「ロベルト。いつも言っているだろう。相手に手を出させてからにしろと」
「は。すみません」
隊長に謝りながら、手を離す。
いつもこうだ。頭で考えるより先に身体が動いてしまって、隊長を困らせている。
……だが、今日は後悔していなかった。
隊長に他の男が触れるのを未然に防げたのだから、お叱りなどいくらでも受けよう。
腕を解放された男はたたらを踏んで後ずさると、こちらを睨みつける。
「ってぇな! 何すんだ!」
「すまないね、うちの番犬が」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
仲間の一人が腕を振りかぶって、こちらに殴りかかってきた。
躱すことも出来ただろうに、隊長はその拳を手のひらで受け止めて、こちらを振り向く。
俺が反省していないことなどお見通しのようだった。
「こうやって相手が先に殴りかかってきたら公務執行妨害だが、こちらから先に手を出すと後々ややこしくなるだろう」
「……申し訳、ありません」
ぼそぼそと返事をする。
だがいざ隊長に手を出そうという人間がいた時に……こうして隊長に拳が届くまで我慢できるかは、自信がなかった。
俺がいつまでも不満げな顔をしているのを見て、隊長がふっと口の端を吊り上げる。
「まぁ、いい。さっさと畳んで魔女探しに戻るぞ」
隊長の言葉に、顔を上げた。「よし」の合図に、拳を握りしめる。
「はいっ!」
◇ ◇ ◇
一瞬でチンピラを片付けて魔女探しを再開したものの、路地はすでにもぬけの殻、魔女の気配はつゆと消えてしまっていた。
腕を組んで、隊長が俺を睨む。
「お前が余計なことをするから逃げられたじゃないか」
「すみません」
がっくりと項垂れてしまう。隊長の元に戻ったこと自体は後悔していないが、そのせいで魔女を取り逃がしてしまったのは事実だ。
隊長が俺のつむじを見下ろしながらため息をつく。
「お前、魔女と私どっちが大事なんだ」
「隊長です!」
即答した。
隊長よりも大切なものなど、この世にないのだから当然だ。
隊長はまたやれやれと肩をすくめた。





