番外編 魔女騒動の後に(2)
気づいたら間が空いてしまっていてすみません!!
魔女騒動が一件落着した後の番外編をUPします。
時系列としてはエピローグより後です。
エリザベスにボコボコにされたヨウのその後?です。
第一師団の詰所を訪れた。
最早見張りも慣れたもので、符牒の確認すら適当なことがある。ほとんど顔パス状態だ。いいのか、それで。
詰所に入ってすぐに、両手を広げたヨウが駆け寄ってくる。
「エリザベス! ワタシに会いに来てくださったのデスね!」
「ああ」
飛びついてくるのを躱して、彼の言葉を首肯する。
勢い余ってたたらを踏んだヨウが、自分で自分を抱きしめるように身悶えしながらこちらを振り返る。
「ンー、冷たくあしらわれるのもイ……え?」
ヨウがそのままの姿勢で停止した。
そしてぱちぱちと目を見開いた後、どこか怯えたように尋ねてきた。
「え、エリザベス? 誰かと、手合わせに来たのでショウ?」
「いや、今日はお前に用事だ」
ヨウが揉み手のままで固まっている。
まるで信じられないとでも言いたげな顔で私を見つめていた。
「この前、助けを呼んでくれただろう。一応、礼を言っておこうと思ってな」
「え」
「助かったよ。ありがとう」
私の言葉に、ヨウは返事をしなかった。
何やら顔色が悪いが、わざわざ出向いて礼を言ってやったのにその反応はどういうことだ。
ヨウは困ったように視線を彷徨わせたあとで、わざとらしく私に向かって手を差し伸べながら、芝居がかった口調で言う。
「……フフ。水臭いデスね。愛するアナタを助けるために命を懸けるのは、当然のことデス」
「……お前それ、いつまでやるんだ」
「ン? 何のことデスか?」
「愛とかそういう茶番」
自分で口に上しておいてゾッとした。
ヨウが私に対して憎しみやら何やらが屈折して凝り固まったような、表現し難い感情を抱いていることは理解している。
だかそれは絶対に、100%、愛などというものではない。むしろその対極に位置するような「何か」だ。
「もういいだろ、いい加減。正直飽きてきた」
「フフ、ツレないところもいいデスね」
言いながらも、何故かヨウは礼を言われた時よりも嬉しそうにしていた。
愛だの何だの言っているときには嘘くささしか感じないが、冷たくあしらったときの反応にはどことなく、演技と言い切れないリアリティがあるような気がして……これはこれで別の意味で鳥肌が立つ。
「ワタシはただアナタに、この溢れるばかりの愛を伝えたいだけデス」
「それさえなければ、普通に話くらいしてやるのに」
ため息混じりに言うと、またヨウの動きが止まった。
そして油の足りないブリキ人形のようにぎこちない仕草で、私を振り向く。
「……普通に?」
「ああ」
「…………普通、に」
繰り返し呟いたヨウが、どこか焦ったような顔で詰め寄ってくる。
「エリザベス?」
「ん?」
「アナタ、忘れていマスか? ワタシがアナタを、殺そうとしたこと」
「覚えてるけど」
「なら何故、」
ヨウがいつものへらへらした笑みを取り繕おうとして失敗していた。
困ったような、慌てたような様子で……どこか必死さの感じられる顔つきで、私に問いかけた。
「そんなに平然と、ワタシを許すのでショウ」
「許すとは言ってない」
許していないし忘れてもいない。
ただ、興味がないだけだ。
今さらヨウが私に何をできるわけでもない。
もちろん寝首を掻きにくるつもりなら全力で応戦するが、どうにもその気はなさそうだ。
まとわりつかれるのも、愛だのなんだの言われるのも、よく分からないマゾヒズムに付き合わされるのも御免こうむるが、逆に言えばそれ以外なら私には実害がない。
彼が生きていようが何をしていようが、私に関係がないのだ。
私にデメリットがないなら勝手にすれば良いと思うのは当然のことだろう。
ああ、だが牢屋で会った時に唾を引っ掛けられたのはまだ根に持っているかもしれない。
あれは相当不快だったからな。
あの時牢屋でも彼が同じようなことを言っていたのを思い出した。情けをかけたつもりか、とかなんとか。
情けも何も、興味がないだけだ。確かあの時もそう答えたはずだ。
だが、そうか。
目の前でどこか居心地が悪そうな顔をしているヨウの姿に、合点がいった。
ヨウは私を憎んでいるはずだ。嫌っているはずだ。
嫌っている相手なら、喜ばせるより嫌がらせをしたくなるのが人情というもの。
つまるところ、彼は私が嫌がることをしたいのだろう。
そうであればあの「愛」とかなんとかの茶番を続けているのにも納得がいく。
あれは「私が嫌がる」という意味では非常に効果的だからな。爆速で鳥肌が立つ。
そして今の、何かを恐れるような、焦ったような表情。
これも簡単なことだ。彼は私に嫌がらせをしたいのだから……私に感謝されたり、許されたり。そんなことをされてはたまらない。
それこそ鳥肌モノだろう。
特に聖女誘拐の前であれば私を誑かすことにもメリットがあっただろうが、彼が東の国から切り捨てられた今となっては「嫌がらせ」以外に目的のない行為だ。
そう。嫌がらせなのである。
……であれば。
その対策にも、容易に思い当たるというものだ。
ニヤリと口角を上げながら、彼に一歩、歩み寄った。
びくりと彼の肩が怯えたように震える。
思い返せば廃屋でも牢屋でも、相当脅かしてやったのだったか。
「そういえばお前、牢屋で言ってたな。何故助けた、とか何とか」
「エ?」
「もしかしたら、このためだったのかもな」
踵を鳴らしてヨウに詰め寄る。
ヨウがじりじりと後退していき、やがてその背中が壁にぶつかった。
視線を逸らして逃げようとする彼の股の間を通して、ダンと派手な音を立てて壁に足をつく。
そのままヨウとの距離を詰めて、至近距離で彼の瞳を見据えた。
彼の瞳が怯えたように見開かれて……真っ黒に見えたそれの中にも、明暗や虹彩があることがよく分かる。
瞳孔が開いているのもはっきりと見えた。
怯えているからか……はたまた、私の影が落ちて暗いからかは分からないが。
「お前を生かすも殺すも興味がなかったが……生かした結果、巡り巡って私は命拾いしたわけだ。助けてくれて礼を言うよ、ヨウ」
「あ、」
「もっとも、お前としては不本意だろうがな」
目の前で嫌味ったらしく笑ってやってから、脚を退けて身を翻す。
ヨウがその場にへなへなと座り込んだ。
よし。これでヨウの対策方法が分かった。一安心だ。
「嫌デス……」
ぽつりと、私の背中に呟きが投げられた。
振り返るより早く、私の足首に何かが勢いよく縋りついてくる。
「ワタシのことを受け入れないでくだサイ!」
「は!?」
ぎょっとして足元を見れば、ヨウが私の足に縋りついてぎゃんぎゃん喚いていた。
「もっと虫ケラを見るような目で見て蔑んでくだサイ! 早く!!」
「こわ」
「アナタに受け入れられてしまったら、どうしていいか分かりまセン!!」
「めんどくさ」
ドン引きした。
思っていた反応と違う。違いすぎる。
自分の行いのおかげで私が助かったなどと嫌味ったらしく言われたら業腹だろう。
もう関わりたくないと思うのが普通ではないのか。
私に執着したところで何も得はないと何故分からない。
いや、ドン引きさせた時点で私に不快な思いをさせているので、この嫌がらせ合戦で上を行かれた、とは言えるのかもしれないが。
勝負に勝つ代わりに何か大切なものを失っている気がする。人としての尊厳とか。
私はここまで捨て身になれない。大の大人が地面に這いつくばって駄々を捏ねるな。
コメントとしては一言だ。
何だこいつ。死ぬほど面倒くさい。
「ちゃんとワタシのこと嫌ってくだサイ!」
「今どんどん嫌いになってる」
ていうかドン引いてるよ。
顔を上げた彼は、私が白い目で見下ろしているのに気づいたのか、ぱっとその表情を明るくする。
「本当デスか?」
「心底」
「……フフ、それでこそデス」
ヨウがすっくと立ち上がった。
衣服を叩いてへらりといつもの愛想の良さそうな笑みを浮かべているが、先ほどの狂気とも言える奇行を見た後だとどこか恐ろしくすら感じる。
せっかく対策を見つけたと思ったのに……突然取り乱すほど精神が不安定とは。
ますます取り扱いが難しくなってしまった。
やはり第一師団で矯正してもらうしかないのだろうか。
「…………何やってんの、お前ら」
「私にも、よく」
いつのまにか詰所に入ってきていたフィッシャー先生が、怪訝そうな顔で私とヨウを見比べていた。
どうやら一部始終を見ていたらしい彼は、不審者を見る目をヨウに向けている。
対する私は、力なく首を横に振ることしかできない。
本当に、私にも理解不能だからである。





