番外編 魔女騒動の後に(1)
魔女騒動が一件落着した後の番外編をUPします。
時系列としてはエピローグより前です。
自宅療養中のエリザベスと見張りをしているクリストファー、お見舞いに来たエドワードが出てきます。
「姉上」
「はい」
「また勝手にベッドを抜け出しましたね?」
「はい」
私はまたクリストファーにお説教を食らっていた。
抜け出したと言っても今回はちょっと起き出してブルガリアンスクワットに勤しんでいただけなのだが。
やはり寝たままできるトレーニングだけでは限界がある。全身のバランスを考えるのであれば、偏りが出るのは望ましくない。
クリストファーは私の顔をじっと見つめた後で、ため息をついた。
「もう。どうしてじっとしていられないんですか?」
「だってもう元気だし。どこかに出かけるわけでなし、少しくらいいいだろ?」
「ダメです」
ばっさりと切り捨てられる。
我が義弟、どんどんと我が家での立場が私より強くなっている気がするのだが、気のせいだろうか。
怒られていると時々背後に侍女長のスタンドが見える気がする。
クリストファーがはちみつ色の瞳をじとりとした目つきにして私を見上げる。
「姉上、ぼくたちがどれだけ心配してるか、分かってます?」
「分かってるよ」
苦笑して肩をすくめた。
三日も寝込んでいたのだ。さぞ心配をかけただろうことは十分に理解しているつもりだ。
だからこそ外出禁止には文句を言っていない。今のところ。
「今回はさすがに、申し訳ないと思ってるよ。だからいい子にしてるだろ」
「いい子……?」
クリストファーの目つきがさらに一段と険しくなった。
私と彼とでは「いい子」の基準に違いがあるらしい。だがそれは育ってきた環境が違うのだから仕方がない。
これ以上会話しても分かり合えないだろうと結論づけて、話を逸らしにかかる。
先ほどクリストファーが持ってきた林檎にフォークを刺して、彼に差し出した。
「それよりほら、林檎をあげよう」
「ぼくは別に林檎を食べたくて拗ねてるわけじゃありません」
「でもうさぎさんだよ」
「うさぎの形がいいから拗ねてるわけでもありません」
ぷいと顔を背けるクリストファー。
料理長は未だに私のことを子どもだと思っているのか、毎回りんごをうさぎに剥いて寄越すのだ。
皮ごと食べた方がポリフェノールやビタミンCを効率的に摂取できるので、皮が残っていること自体に文句はないのだが……別にうさぎになっていたからといって喜ばない。
半ば無理やり、クリストファーの口元に林檎を近づける。
「はい、あーん」
「……むぐ」
クリストファーはしばらく口を真一文字に結んで抵抗していたが、やがて渋々林檎を一口齧った。
林檎を咀嚼する彼を見ていると、動物に餌付けをしているような気分になってきた。
それこそうさぎとかリスとか、小動物のような仕草がたいへん愛らしい。ついつい顔が溶けそうになってしまう。
フォークに刺さった林檎を食べ終えて、彼がまたため息をついた。
「……もう。どうしたら姉上は無茶をしないでいてくれるんですか?」
「今回は私が無茶したわけじゃないって」
「この前、何かアイデアがないかみんなで家族会議したんですけど」
その会議、私に開催案内が来ていない。いよいよ家の中での発言権が失われている。
私のことを議論するのに、私に議決権がないのはおかしいのではないか。
これでは欠席裁判である。
「姉上が無茶をするたびに兄上のおやつを減らすとか」
「どうしてそんなひどいことをするんだよ」
「ぼくたちだってこんなことしたくないですけど。少しは罪悪感を感じてくれるかなって」
誰だ、そんな悪魔のような提案をしたやつは。
お兄様が可哀想じゃないか。あの幸せがたっぷり詰まったふくふくボディが痩せてしまったら世界の損失だ。
クリストファーと話していると、ふと部屋の外をどたばたと走っていく音がした。
何があったのかと様子を窺っていると、慌ただしいノックと共に執事見習いが転がり込んでくる。
「クリストファー様、エリザベス様、執事長見ませんでした?!」
「見てないけど、どうかした?」
「それが……」
執事見習いが困った様子で頭を掻く。
「侍女長がエリザベス様のお見舞いに来た方を追い返そうとしてるんですけど、お相手が顔を見るまで帰らないの一点張りで」
その言葉に、首を捻った。
基本的にはベッドでおとなしくしているように言われてはいるが、具合がよくなっているのもあって屋敷の中であれば移動することは許されている。
先日はサロンでアイザックにも会ったし、昨日は夕食も家族と一緒にダイニングで食べた。
来訪者が私に会いたがっているなら挨拶くらいしたって構わないだろう。
そう目くじらを立てることでもないと思うのだが。
「顔見て帰るなら少しくらい、いいんじゃないか?」
「それが、そのぉ」
執事見習いが言いにくそうに口籠った。ますます首を捻る。
「お相手がやんごとないお方なので、侍女長が意固地になっちゃって」
やんごとないお方、というと王族か。
突然見舞いに来るような王族には一人しか心当たりがない。またロベルトがアポなしで押しかけてきているのだろう。
それならば、侍女長が意固地になっているというのも納得だ。
ロベルトと一緒だと私が鍛錬をし始めるのではないかと思っているに違いない。
しかも彼は私の寝室に侵入した挙句三日三晩梃子でも帰らなかった前科がある。
出禁にしないと何をするか分からないと思われているのだ。まぁロベルトが何をしでかすかは正直私にも分からないが。
「仕方ないな。私が行って追い返す」
「え?」
「ちょっ、エリザベス様?」
「クリストファーは待ってて」
ベッドから立ち上がり、ガウンを肩に引っ掛ける。
片手にリンゴの入った皿を持ったまま、私は寝室を後にした。
◇ ◇ ◇
「ロベルトも、ギルフォードも、レンブラント卿も……魔女だって会うのを許されたのに。私は顔を見ることさえ出来ないなんておかしいと思うけれど?」
「王太子殿下とお会いするならば相応の準備をしなくてはなりません。今のエリザベス様のお身体にはご負担が大きいと判断いたしました」
「……殿下?」
エントランスで侍女長と対峙して押し問答をしている人物を見つけて、思わず疑問系で呼びかけてしまった。
完全にロベルトだと思って林檎片手に出て来たが、そちらのやんごとない御身分の方だとは、想定外だ。
まさかこの国で国王陛下の次にやんごとない人物だとは。
侍女長に視線を向けるが、彼女はツンと澄ました顔をしている。
ロベルトならまだしも、王太子殿下をエントランスで立たせたまま応対しているとは、礼儀を重んじる彼女らしくない。不敬もいいところだ。
執事見習いが大慌てで走ってくるわけである。
「リジー」
殿下が私を呼ぶ。
林檎の載った皿片手にガウンを引っ掛けただけの出立ちで王太子殿下と対面するなど、侍女長が卒倒しそうな事態だと思ったのだが……侍女長は殿下の前に立ちはだかるようにして、その場を動かなかった。
侍女長の肩越しに、殿下が話を続ける。
「ロベルトから聞いたよ、すごい出血だったって」
「ええ。ですがリリアが治してくれましたので、今は傷跡もありませんよ。ご覧になります?」
「やめなさい」
「エリザベス様」
「姉上」
追いついて来たクリストファーも含めて全員に一斉に怒られた。
流石に冗談である。エントランスでズボンを下ろす趣味はない。
侍女長が呆れた顔をして私を振り向き、一歩後ろに下がった。殿下の姿が遮蔽物なく見えるようになる。
少しやつれた顔をしているような気がした。
無理もない。魔女関連の収拾は実質丸投げしたに等しい。ことに当たっている殿下や宰相殿あたりはこれからの方が忙しいくらいだろう。
殿下は私の顔を見て、わずかに瞳を見開いた。そしてふいと視線を逸らす。
「その、……髪は、どうしたの?」
「え? ああ、セットをしていませんので」
言われて、下ろしたままの前髪を指で摘む。
殿下は何故か頬を染めて、気まずそうにしていた。
そこで思い至った。リリアに散々「顔面がR18」とか言われた挙句倒れるご令嬢が続出したため、この髪型での通学は禁止になった。
あれはてっきりリリアが私に並々ならぬ好意を向けているから騒いでいるのかと思っていたが……もしかして、世間的に見てもR18なのか?
この世界はあくまで日本産の乙女ゲームの世界のためそれほどでもないが……西洋の貴族社会では女性の足首がチラ見えするだけでたいへん破廉恥なことと認識されていた時代もあると聞く。
たとえばスラングのように、お上品なお貴族様的に、気を抜いた私の髪型ないし顔面はNGだったりするのだろうか。
家族には何も言われたことがないが、家族と他人とでは感じ方も違うのかもしれない。
とりあえず、単純に考えても服装が非常にラフな状態であるのは間違いない。
その非礼には言及しておくべきだろう。
「お見苦しい姿で失礼します」
「いや、それはそれで、いいんだけれど」
殿下が歯切れの悪そうに言う。
その反応から、どうやら本当に私はR18扱いされるような状態なのかもしれないと悟った。
髪型か? 髪がいけないのか?
今度からは例えロベルトに会うだけであっても髪くらいはセットしようと心に決めたところで、殿下がふと私の手元に目を留めた。
手元に目が行く時点でお察しである。先ほどからまったく視線が合わない。
「どうして林檎を持っているの?」
「なかなか帰らない王族の来客と聞いたので、てっきり弟君かと思いまして」
そう答えると、殿下が「ふぅん」と呟いた。
そして、どこか睨むように私を見上げた。やっと目が合った。
「……愚弟がよかった?」
「はい?」
「ロベルトが来た方が、良かった?」
「いえ、ロベルトは出禁らしいので。口に林檎でも突っ込んで帰らせようかと」
「それで林檎……」
殿下が納得したように頷き……そして、ん? と再び顔を上げた。
「口に?」
「はい」
「君が?」
「はい」
殿下が林檎を凝視して沈黙している。
まずい。当たり前のように答えてしまったが、「弟さんを動物扱いして餌付けしようとしてますよ」というのはあまり伝えるべき事柄ではなかった。
それで言うなら出禁になっていることも言わない方がよかっただろう。
口では色々言いつつも、それなりに仲の良い兄弟として過ごしていると聞く。
愚弟を犬扱いするなと怒られるかもしれない。
しばらく黙っていた殿下が、口を開いた。
「……私にやってくれてもいいけれど」
「はい?」
「林檎」
殿下の言葉の意味が入ってこない。
いや、正確に言えば音声は耳を通過していったが、脳を経由しなかった。
ええと。
言葉のとおりに受け取ると……林檎をよこせと、そう言っているように聞こえるのだが。
他人の家の玄関で?
王太子殿下が?
うさぎさん林檎を?
何故????
何故、以外の感想が出てこない。
「毒味が必要では」
「別に毒を盛ったりしないでしょう?」
仮に盛っていたとしてここで「いや盛りますよ」という人間はいないと思う。
言ったらお縄になるだけだろうが。
「私にも頂戴」
「はぁ」
「やめてください。ぼく嫌です、王太子殿下と間接キスになるの」
殿下の目的が何なのか分からずに困惑していると、クリストファーが後ろから口を挟んできた。
呆れたような瞳で殿下のことをじとりと睨んでいる。
そういえば最後にこのフォークを使ったのはクリストファーだったと思い出した。
殿下はクリストファーを一瞥すると、私に向き直って言った。
「やっぱり、遠慮する」
「賢明なご判断です」
やれやれ。何故のご乱心かは分からないが、思いとどまってくれて何よりだ。
私もひとつ息をついて、殿下に尋ねる。
「それで? 本日はどのような御用向きで?」
「え?」
「まさか、本当に私の見舞いにいらっしゃったわけではありますまい」
「私は、」
殿下が口籠った。
その様子にピンと来る。やはり私の見舞いなどというのは口実で、何か他の用事があったのだろう。
そう思って言葉の続きを待っていると、彼はぽつりとこぼすように言った。
「どうして、そう思うの?」
殿下に問いかけられて、首を捻る。
はて。どうしても何もないだろう。
「西の国では、私の保護者? ということでしたが、今は違います。事件に居合わせたロベルトならともかく、殿下にご心配いただく理由がありません」
「……私は、ただ」
「あれ、エド?」
マシュマロを転がすような声がした。
振り向くと、出かける支度をしたお兄様が階段をぽてぽてと降りてくるところだった。
お兄様はエントランスに集った私たちを見回して、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、こんなところで」
「…………ええと」
「あ、もしかして。この前借りた財務記録……取りに来てくれたの?」
お兄様がぽんと手を打った。
なるほど、お兄様に用事があったのか。
だが書類を引き上げるだけであれば、何も王太子殿下直々に訪問する必要はないのではないか。
そこではたと、この人が西の国でも散々お兄様と仲が良いマウントを取っていたらしいことを思い出した。
おそらく忙殺されるあまり息抜きに友人であるお兄様の顔が見たくなったのだろう。
気持ちは分かる。
お兄様の顔を見るとだいたいの物事はどうでもよくなるくらいに癒されるからな。
「なーんだ、じゃあ姉上のことは『ついで』なんですねぇ」
クリストファーが私の後ろから歩み出て、殿下に向かってにっこりと微笑んだ。
「そうですよね。王太子殿下がわざわざ、姉上のお見舞いに来る理由はありませんもんね?」
「……それは」
「さ、姉上。一緒にお部屋に戻りましょう?」
「え? うん」
クリストファーが林檎の皿を持っていない方の私の腕を引っ張った。
彼に腕を引かれるままに歩き出す。
「王太子殿下、サロンにご案内いたします」
背後で侍女長の声がした。
先ほどまで追い返そうとしていたとは思えない、穏やかな声音だ。
「リジー」
殿下に呼ばれて、振り返る。
こちらは階段を登っているところだ、頭が高いのはご容赦いただきたい。
彼は一瞬躊躇うような仕草をして、言った。
「また、ね」
その台詞に、なるほど、と思った。
どうやら私に会いに来たというのもあながち嘘ではないらしい。
きっと欲しい材料があるか何かで、いつ頃であればファンネルを飛ばせそうか様子を窺いにきたのだろう。
また近々買い出しを命じられることになりそうだ。
殿下に「委細承知」の意味を込めて軽く目礼をして、クリストファーに急かされながら自室へと歩みを進めた。





