エピローグ
魔女騒ぎが一件落着した明くる日、私も学園に復帰した。
休んだのは10日程度であったが、後半完全に時間を持て余していたのでもう少し早く戻れたのではないかという気持ちがないではない。
だが、今回はさすがに心配をする家族に文句を言う気にはなれず……まぁ言ったところで無視されただろうが……こっそり筋トレに励むに留めた。
廊下を歩いていると、友の会のご令嬢たちがお帰りなさいましと声をかけてくれる。
やはりこのくらいの推され具合と距離感がちょうどよい。今度の会報にはぜひ日頃の応援への感謝を綴らせてもらおう。
正面から歩いてきたフィッシャー先生が、こちらを見て軽く手を挙げた。
すれ違いざま、少しだけ足を止める。
「おじさんより長く休まれちゃうと、さすがに責任感じちゃうんだけど」
「お構いなく」
「ま、無事で何よりだよ」
私の言葉に、先生はくつくつと喉の奥で笑う。
そのまま歩みを始めるかと思いきや、ふと思いついたように問いかけてきた。
「エリザベスちゃんには、どう見えたの?」
「どう、とは?」
「魔女」
その問いに、首を捻る。
そんなもの、決まっているだろう。
「評判通りでしたよ。絶世の美女って」
「へぇ。女の子が見たら絶世の美男子に見えるのかと思ったけど。違うのか」
先生がどこかつまらなそうに、鼻を鳴らした。
そして今度こそ歩き始め、立ち止まったままの私を置いて去って行く。
残された私は、また首を捻る。
リリアの予想では、先日の一件は例外として、レイが意識せずに認識阻害を使っていたときには、心に決めた相手がいなければその人間にとっての絶世の美人に、心に決めた相手がいるのならその相手とそっくりに見えるという状態だったのでは、ということだ。
レイは私を男だと思っていたようだから、「騎士様に好きになってもらいたい」という思いからその姿になったのだろう。
この外見至上主義の世界ではある意味正解だ。
あの時街で出くわした時のレイの姿は、正直はっきりとは覚えていない。
とにかく並外れた美人だとは思ったし、髪が黒のロングヘアで、深紅のドレスを着ていたことは覚えているが……その程度だ。
魔女が絶世の美女だという前評判と、そしてゲームで見たグレイシアのイメージからあの姿になったのだろう。
リリアが散々「セクシーな年上のお姉さんが好きなんじゃ」とか騒いだのも関係しているかもしれない。
ああいう女性が好みのタイプだからそう見えた……というわけではない、と、思うのだが。
何分この世界で恋愛らしい恋愛をしてこなかったので、自分の恋愛対象にいまいち自信がなかった。
考えていると、予鈴が鳴った。
いけない、遅刻をするとまたどやされる。いや、どやされるだけならいいが、下手をすれば心配されてまた屋敷に強制送還だ。
早足で教室へと向かう。隣の席に腰掛けている見慣れた眼鏡の男に挨拶をした。
「おはよう」
「もう身体はいいのか?」
「うん、問題ない」
そう答えて、椅子を引く。
腰を下ろしたあとでふと、彼に問いかけた。
「なぁ、アイザック」
「何だ」
「君の恋愛対象って、女? 男?」
「は!?」
私の問いかけに、アイザックが勢いよくこちらを振り向いた。
彼は目を見開いて、驚いた顔をしている。脈絡のない唐突な質問だという自覚はあるので、大人しく彼の回答を待つ。
「そんなもの、……」
何かを言いかけた彼が、ふと口を噤んだ。
そして押し黙って私の顔をじっと見つめる。
はて、なんだろう。
しばらく黙ってこちらを眺めていた彼が、やがてふいと視線を逸らして、いつもの仕草で眼鏡の位置を直す。
「……たまに分からなくなる」
「だよなぁ」
彼の言葉にうんうんと共感する。
恋を知っていると豪語するアイザックでも分からなくなるくらいだ、私が分からなくてもおかしなことはないだろう。
だいたいこの世界、男も女も美男美女が多すぎる。
私やレイのように故意で男装女装をしているわけではなくとも、真の美形というのは平気で性別の壁を飛び越えてくるものだ。
好きになった相手がタイプ、というのと同じだろう。好きになった相手が恋愛対象だった、ということだ。
性別で区別をしようとすることに、大した意味はないのかもしれない。
魔女編はこれで完結です!
ご覧いただき、ありがとうございました。
この後は少し休憩をしつつ、魔女編の「〇〇視点」をあんまり書けていないので、そのあたりをゆるゆる書いていきたいな~と思っています。
そして休憩した後は、「天下一武道会編」を開始する予定です。
天下一武道会編で第2部は完結(する予定)となります。もうちょっとお付き合いいただけると幸いです。
詳しいことは活動報告に書きましたので、そちらもご確認ください!
それでは今日はこのあたりで~!





