67.誰が割れ鍋だ。
困惑している私に、レイがさらに言葉を重ねる。
「約束したもんね、騎士様!」
「そんな約束は……」
「したもん!」
「エリ様」
「違う、してない」
リリアの視線が鋭い。
レイにそっと腕を離させてから、リリアに耳打ちする。
「言ってないよ、リリア。だからその顔をやめなさい」
「言ったもん!」
「言ったらしいですけどぉ?」
リリアが必要以上にねちっこい言い方をしながら私を睨む。
彼女面をするな。
ため息をついて、肩を竦めて見せる。
「結婚するとは言っていないよ。私が責任を負うようなことをわざわざ言うものか」
「せ、説得力がある……!」
リリアがカッと目を見開いて頷いた。ご納得いただけたようで何よりだ。
何と答えたかなどはっきり覚えていないが、私のことだ。「それは楽しみだね」とか何とか言って躱したのだろう。
楽しみにしていることと結婚することは同義ではないからな。
「願いを聞く」とは言っても「願いを叶える」と言わないのと同じだ。
聞くだけなら聞いてやるが、叶えるとは言っていない。
「ダメなの? 騎士様……」
レイがうるうるとした大きな瞳で私を見上げてくる。
だがそんな顔をされても、結婚するしないとは全く別問題である。
だいたい、私にその気がないことを差し置いてももっと根本的な問題がある。
西の国はどうだか知らないが、私とレイはこの国の法律では結婚しようがない。
何故誰もそれを指摘してやらないのか。魔女の件は仕方ないにしろ、そのくらい大人が教えてやったっていいだろうに。
「だって、女の子のカッコ頑張って、いい子にしてたら、騎士様と結婚できるってお手伝いさんが……」
「あのね、レイ。私は実は」
男じゃなくて、と言いかけて、気づいた。
そうだった。レイも女ではないのだ。すっかり忘れていた。
女同士ではなく、私が女でレイが男であるならば法律上は何の問題もない。
あくまで法律上だが。他のところにもっと大きな問題がある気がしてならない。
そもそもレイは私の名前も知らずに「騎士様」と呼んで探していたようだ。もちろん性別だって知らないだろう。
もともと街を警邏する時に名前や性別を喧伝して歩く人間などいないからな。知らなかったとしても仕方がない。
仕方がないが……釈然としない。
ややこしい。何だこれは。どうしてこんなことになっているんだ。
もういっそ、私は女ですと首から札でも提げておいた方がいいのだろうか。
同じく性別のことでこんがらがっていたらしいリリアが私とレイを見比べて、はっと息を呑んだ。
「だ、男装令嬢と女装令息……割れ鍋に閉じ蓋……」
誰が割れ鍋だ。
「ダメですぅ~! エリ様はわたしと結婚するんですぅ~!!」
「しません」
「結婚(マジ)するんですぅ~!!」
「マジでも仮でもしません」
リリアが私の腕を掴んでしがみついてくる。
振り解こうとするが、コアラのように全身でしがみついてくるので始末に悪い。シンプルに邪魔だった。
私とリリアのショートコントを不思議そうな顔で眺めていたレイが、リリアに問いかける。
「おねーさんも騎士様のこと、好きなの?」
「好きですけどぉ!?」
声を荒げて返事をするリリア。
子ども相手に本当に大人げない。
モスマンでも見たかのような顔で目をぱちぱちと瞬きながらリリアを見ていたレイが、やがて俯いて、ぽつりとこぼす。
「そっか。みんな、騎士様のこと好きなんだ」
何かに納得したように頷くレイ。
「みんな」というと語弊はあるが、ファンクラブがあるくらいだ。それなりの人数の女性から好意を向けられている自信はある。
結婚がどうのこうのではなく、ファン活動として推してくれる分には私としてもウェルカムだ。
みんなとは結婚出来ないからな。そのあたりはきっと、レイでも分かってくれるだろう。
これからはみんなの騎士様として推してくれ。
ぽんと手を打って、レイが顔を上げる。
「じゃあ、こうすればいいんだ!」
ぐにゃりとレイの輪郭が……視界が歪んだ。足元がぐらつくような心地がして、視界が失われる。
まずい、これはまた魅了……いや、認識阻害をかけられた。
そう思った時には、遅かった。
視界が戻った時には、レイの姿は先ほどの少女の姿とはすっかり変わってしまっていた。
いや、実際は変わっていないのだが……私にはそう認識されるようになってしまっていた。
レイは――すらりと足が長く、細身だが引き締まった体つきの男の姿に変身していた。
身長は180超、騎士団の制服を着て、佩剣している。
髪はサイドがツーブロックで、前髪を立ち上げてアップバングにしている。目元は涼しげで切れ長、鼻筋がすっと通ったイケメンだ。
薄い唇にはにやりと少々狡猾そうな笑みを浮かべている。
ていうか私だった。
髪の色と瞳の色こそレイのままだが、それ以外は私にそっくりの姿に変化していたのだ。
「この姿だったら、みんな嬉しいでしょ? レイも、みんなも、騎士様のこと好きだもんね!」
くるりとその場で一回転して、レイがにっこりと笑う。
違う。そういう意図じゃなかった。
私もマーティンも、開いた口が塞がらない。
私の姿をしたレイが浮かべた笑顔は、私の表情筋と捻じ曲がった根性では到底出来ないような、屈託のないものだったからだ。
自分の顔でそれをやられると何だか無性に恥ずかしい。
レイは私の心中などお構いなしで、マーティンに駆け寄って彼の腕を取るとぶんぶんと振り回した。
「どうどう? そっくりでしょ、マーティお兄ちゃん!」
「人の顔で他人様にまとわりつかないでくれ」
マーティンが唖然としたままでレイを見て、そして私を見た。
やめろ。見比べるな。
ぽかんとしていたリリアが、我に返って私の袖を引く。
「ひ、人の顔? あの、エリ様、今北産業」
そこで理解した。
そうか。聖女には魅了が効かない。上位互換である認識阻害も効果がないのだ。
フグが自分の毒で死なないのと同じである。
こんなことを伝えると面白がられそうで非常に癪だが、認識阻害をなんとか出来そうなのはリリアしかいない。
仕方なく、リリアに現状を手短に説明する。
「レイが認識阻害を使って私の2Pカラーに変身した」
「ホァッ」
リリアが奇声を上げた。
「そ、そんな天国があるんですか!? わたしも、わたしも見たいです! わたしにもかけてください! 聖女やめます!!!」
「やめろ、これ以上事態をややこしくするな」
詰め寄ってくるリリアを引き剥がす。
そんなことで大事なアイデンティティを手放そうとするな。
何とか説得して「聖女の祈り」を掛けてもらったところ、無事に認識阻害は解除された。
怪我の功名と言うべきか、同じ要領でぼんやりしたままになっている男たちの治療も可能であることが分かり、魔女騒ぎは一応の解決を見た。
最後のは完全に蛇足であったが。





