65.悪いことをする大人にならないために
しばらく悩んだ末に、私は立ち上がってレイに歩み寄った。
レイはしゃくりあげるばかりで、私が近づいたことに気づかない。
「レイ」
名前を呼ぶと、華奢な肩がびくりと跳ねた。
おそるおそるこちらを見上げるレイに、私は膝をついて視線を合わせた。
お兄様が幼いクリストファーと話すとき、いつもこうしていたからだ。
「一人で夜に家を抜け出したり、知らない人と一人で話したのは、いけないことだ。これは、もうしてはいけないことだと思って、反省してほしい。それは分かるね?」
レイがこくりと、小さく頷く。
先ほどは私に怯えている様子だったが、とりあえずは逃げずに話を聞いてくれるらしい。
「君には、自分でもよく分からないかもしれないけど……不思議な力がある。それを使うと、誰かにお願いを聞いてもらったり、レイを子どもじゃなくて大人の姿に見せたりすることができるんだ。これも、なんとなく分かるかな?」
レイがまた頷いた。
「だけど、その力のせいで起きたことは、レイのせいじゃない。だって周りの誰も、レイにそんな力があるなんて知らなかったんだから。レイも知らなかっただろう?」
「うん……知らな、かった」
「だから、これはレイが悪いことじゃない。誰が悪いというわけでもないけれど……強いて言うなら、レイより長く生きていて、知識もあるはずなのにそれに気づかなかった大人たちが悪い。レイにそれを教えなかった大人たちが悪い。それは君が謝るべきことじゃない」
「で、でも」
レイの言葉に、私は首を横に振る。
レイが悪いわけではない。レイだけのせいでもない。
そう。私が悪いわけではないのと同じだ。決して私だけのせいでないのと同じだ。
考え方によっては誰も悪くないし、考え方によっては全員が少しずつ悪い。それでいこう。連帯責任だ。
「でもこれから先、レイが自分の力のことを知った上で、大人になってから同じことをしたら、それはとてもいけないことだ」
「れ、レイ、もうしないよ!」
「うん。だから同じことが起きないように、これからレイが悪いことをする大人にならないために……きちんとした大人の人に、その魔女の力のことや、使い方を教えてもらってほしい」
ちらりとリリアに視線を向ける。
彼女は一瞬目を見開いた後で、頷いた。
リリアのいる教会では、聖女に関する資料が確認できる。神父様やシスターは聖女についても詳しいはずだ。
きっとリリアを導いたのと同じように、レイをうまく導いてくれるだろう。
今は魔女かもしれないが……教会の一員になれば「聖女」だ。
中世ヨーロッパ的世界観では修道院送りという言葉もよく聞くくらいだ。罪を犯した貴族令嬢の受け入れ先としても、教会は妥当なところだろう。
魅了の力もリリアよりも強い……リリア曰く上位互換……らしいし、教会も悪いようにはしないはずだ。
何よりやさしい世界である。
国賊が割と自由にストーキング業務に勤しめるくらいだ。第二王子暗殺に加担した人間も今は元気に鉄砲玉をやっている。
魔女などそれに比べれば可愛いものだろう。
むしろ取り扱いで皆を困らせるどこかのドMと違って、有用性がある分丁重に扱ってもらえるはずだ。
「それでせっかくなら、その力を良いことに使ってほしい。もちろん無理に使う必要はないけれど……レイもやりたいなって思うことで、みんなも喜ぶこととか。そういうことに使えたら、とっても素敵だと思うんだけど。どうかな?」
「レイも、みんなも、……」
レイが私の言葉を反芻する。
今は答えが出なくてもいい。これはレイがこれから先時間をかけて考えればいいことだ。
ただ単に、聖女が2人もいれば……いや、レイが男なら、勇者なのか?……この国も将来安泰だな、と、そう思って言ってみただけだ。
留学という体をとって友好国に派遣して恩を売るのもいいかもしれない。西の国など聖女信仰がまだまだ根強いようだしな。





