63.まだ慌てるような時間ではない。
レイはしばらくもじもじとしていたが、やがて自分のスカートの裾を握って俯いた。
「ごめんなさい、騎士様」
レイが弱々しい声音でこぼす。
叔父だの男の娘だのについてまだ消化できていないのに、衝撃から半ば無理矢理引き戻される。
レイは俯いて、しばらく躊躇うように、言葉を探すように声を発さずにいた。
何がごめんなのかと急かさずに待っていると、レイは途切れ途切れに話し始めた。
「あのね、……レイ、ずっと、ずっと騎士様に会いたくて、でも、会えなくて……夜なら会えるかもって思って……おうち抜け出して、探してたの」
リリアが私の横顔に「ほれ見ろ」と言わんばかりに視線を突き刺してくる。
いや、まだだ。
まだそうと決まったわけではない。まだ慌てるような時間ではない。
この後街で劇的な出会いをするかもしれないじゃないか。パンをくわえて走っていたら四角でぶつかるとか、何かそういう、運命的なやつを。知らんけど。
「それでね、街の人に聞いたの。『騎士様知りませんか』って。そしたら……みんな、騎士様のこと探してくれたんだ」
ええと。
騎士様というのは、役職名であって。
私個人のこととは限らないわけで。
「でも、なかなか、見つからなくて。他の騎士のひとは、いたんだけど。そしたらね、お手伝いさんがね、『騎士様は学園にいるのかもしれませんね』って」
雲行きが怪しくなってきた。
学園にいるかもしれない騎士に、他に心当たりがない。そういえば制服を着ている時にレイと街で会ったことがある気もしてきた。
いや、私が知らないだけかもしれない。
きっとそうだ、そうに違いない。可能性が0ということはないはずだ。たとえ微粒子レベルであっても存在するならそれは可能性のはずである。
「だからレイ、学園にも行ってみたんだよ? 一生懸命、探したの。でも、……やっぱり、会えなくて。だから、会えた時はほんとに、ほんとにね、嬉しかったの」
レイがわずかに顔を上げて、私に向かって微笑む。
対する私は内心で、だらだらと冷や汗をかいていた。
まずい。これは……私で確定のやつだ。
街の人と騎士と、学園の学生で、魅了が効きすぎてぼんやりしたままになってしまっている被害者がいる。おそらく二十人には上るはずだ。
彼らは魅了が解ければ元に戻るだろうが、魔女捕縛に駆り出された騎士の数は何百人、期間は数ヶ月という規模のはず。
学園では校舎も壊れたしガラスも吹っ飛んだし、先生も馬車に撥ねられた。
しかもこの前の一件では第二王子であるロベルトも、聖女も巻き込まれている。
この件で何人の……何百人の大人が動いたのか、考えるのも恐ろしい。
その要因の一つが……私だと?
ヤバい。マジか。ヤバい。
それ以上の思考を脳が放棄し始めていた。
確かなのは、とにかくこのままでは私の立場も非常にヤバいということだ。





