60.愛した男
現れたお兄様は案の定大変怒っていたし、予想通り、いや予想よりも早い段階から泣き怒りの様相を呈して私をたいそう困らせた。
その後駆けつけたお父様には史上最大の大目玉を喰らい、お母様とクリストファーにはわんわん泣かれた。
一週間はベッドに縛り付けられるような有様だったが、リリアは「何かあった時に治療が必要になるかも」とか何とか理屈をつけて日参した。
ロベルトは正気を取り戻した侍女長により、早々に出禁になった。
アイザックが見舞いに来たときにはサロンまで出て会うことを許されたが、ロベルトは相変わらず出禁らしいので、そのあたり侍女長の匙加減らしい。
アイザックからは大量の宿題を渡されて辟易した。
去年も羆の一件でしばらく休んだし、今年の西の国行きも殿下同様療養ということにしてもらって、体が弱くて寝込んだという体で出席日数や単位は忖度してもらえないかと思ったのだが、静かに首を振られた。
さすがに今からそれは無理があるか。
とりあえず家の中であれば寝室から出ることを許された私は、今日は別の人間と会う予定になっていた。
「いよいよですね、魔女……!」
「魔女って言っても、ロイラバ2の魔女とは別人だろ」
「それなんですけど」
ふんふんと鼻息を荒くして拳を握り締めるリリア。
毎日のように居座っているので、今日も当然のように同席していた。
やれやれと肩を竦めると、リリアが少し考えるような素振りをした後で、こちらを振り向く。
「わたしは……レイちゃんでしたっけ? あの子が『グレイシア』なんじゃないかと思うんですよ」
「え?」
言われて、ロイラバ2のグレイシアを思い出す。
黒髪ロングというところは似ているが……それ以外には特に共通点が見つけられなかった。
強いて言えば、「グレイシア」というのが本名だから、それを文字った愛称として「レイ」で呼ばれている、というのは可能性としてあるかもしれないが……そんなもの、ほとんどこじつけのレベルだろう。伏線というにしたって弱すぎる。
「グレイシアってもっとこう、セクシー系だったじゃないか」
「でも今あの子、小学校高学年くらいですよね?」
「まぁ、そのくらいの年かな?」
「つまり4年後のロイラバ2の頃には……高校生くらいの年齢なんですよ」
ふむ。
確かに今はまだ小学生でも、4年後には高校生か。
このあたり、改めて考えるとすごいことだなと思う。大人になると4年などあっという間だが、子どもの4年というのはとてつもなく大きい。
私も12歳とかそのあたりにグンと身長が伸びたし、レイも初めて会った頃から比べれば大きくなったと思う。
少なくとも、幼女から少女には成長していた。
女の子は成長期が来るのも早いし、今は純粋そうな少女にしか見えないレイが、4年でセクシー系のお姉さんになっている可能性もある……のかもしれない。
今の私たちにとっては三次元だが、もとは二次元である。
二次元では中学生と高校生の間に10年分くらいの時が経過しているんじゃないかと聞きたくなるほど外見が変動する作品も多いからな。
中学1年生と中学3年生の差すら激しすぎて「本当に中学生か?」と聞きたくなるようなスポーツ漫画もある。
きっと多くの人が何かしらの例を思い浮かべることができるだろう。
「ゲームのグレイシアって、街だけじゃなくて学園にも結構出没してたじゃないですか。それもあの子の行動と一致してます」
「まぁ、レイが学園にいたのは事実だけど」
「わたしが言いたいのは……グレイシアが街とか学園にいる人を、探してるんじゃないかってことです」
街や、学園にいる人間。
普通に考えれば、学園の生徒。もしくは、学園の教職員といったところだろうか。
そして、愛した男に捨てられた恨みで魔女になったグレイシアが探す相手といえば、一人しかいない。
「自分を捨てた男を探してるってこと?」
「はい。あの子はまだ恨みに変わる前の……愛した人と会えなくなって、その人を探してる段階なんじゃないかなと」
レイの姿を思い浮かべる。私と結婚すると言っていた幼女時代から、もう4、5年経っている。騎士様に憧れるのを卒業して、身近な男の子に恋をすることもあるだろう。
いや、少女らしく、ちょっと年上のお兄さんに憧れたりなどするかもしれない。
男子三日会わざれば云々と言うが、あの年頃なら女の子の方がよほど早く成熟していく。男子を刮目して見なければならないのであれば、いわんや女子をや、だ。
男子がダンゴムシをポケットに大量に突っ込んで帰ってお母さんに怒られている横で、芸能人の誰それがカッコいい、みたいな話をするのが女の子である。
そういえば今年に入ってから、西の国に行っていたり、魔女探しで変則シフトだったり、さらに先生が第四に何か手回ししたらしく普段と違う地区の担当になるしで、レイとはほとんど会っていなかった。
私が少し見ないうちに、新しい恋を見つけていてもおかしくはないだろう。





