59.私が悪いかどうかはさておいて
ノックの音がする。
返事をすると、侍女長が先ほどの慌てっぷりなどなかったかのように模範的な礼と共に部屋に入ってきた。
「どうぞお静かに。エリザベス様はお目覚めになったばかりですので」
そして聞いている私の背筋まで伸びそうな声でリリアとロベルトに注意する。
その鋭い視線に射抜かれて、二人はぎゅっと口を固く閉ざしてベッドから離れた。
「坊っちゃまがすぐに参られます」
「う」
お兄様の顔を思い浮かべて、思わず呻き声が漏れた。
侍女長でも取り乱すくらいだ。お兄様にもわんわん泣かれた挙句に怒られる様が非常にまざまざと想像できてしまった。
恐る恐る、尋ねる。
「お兄様、怒ってた?」
「とても心配していらっしゃいました」
「怒ってましたよ」
侍女長の言葉に被せるように、リリアが言う。
侍女長はまだしも、何故リリアが答える?
「何。君、お兄様に会ったの?」
「あ、会いましたけど?」
「妙なことしてないだろうな」
「失礼ですね!?」
私が睨むと、リリアが心外ですと地団駄を踏んだ。
リリアにその気がなくとも、お兄様にネームドには効きにくいという魅了が刺さってしまう可能性はあるはずだ。
「だって君、アレがあるだろ」
「最近ちょっとは出力調整できるようになったんですよ」
侍女長とロベルトの手前濁して指摘するが、リリアはふふんと胸を張るばかりだ。
「さすがの人望、ていうか人たらし力だなー、とは、思いましたけど」
「え」
何だ、その意味ありげなコメントは。
リリアがお兄様の人望に惹かれる→魅了がお兄様に効く→リリアが義姉になる→「家族なので実質結婚ですね!」とかいう謎理論を展開される、というコンボが脳内で構築され、さーっと血の気が引く。
「やめろよ、お兄様に変な気起こすの!」
「起ーこーしーまーせーんー!! わたしはエリ様一筋ですぅー!!!!!」
「結婚がどうとか言ってたろ、前に!」
「エリザベス様」
侍女長が咳払いをした。
違う、今のは私は悪くない。公爵家の危機なのかもしれないのだからもっと詳しく問い詰めなくては。
侍女長がリリアとロベルトに視線を向ける。
二人はその視線で全てを察したようで、そっと寝室から出て行った。
ちらりと侍女長の顔色を窺う。
凛とした姿で立っているが……その目元はほんのりと赤くなっている。
やれやれ。侍女長にもずいぶん心配をかけてしまったらしい。
「ごめん。心配かけて」
「……ええ、本当に」
そう答えた侍女長の声がわずかに震えているような気がして、いたたまれなくなった。
首の後ろに手をやりながら、何だかしんみりとしてしまった空気の打開を目指して、小粋なジョークでも飛ばしてみることにした。
「ええと、君もハグする? あの二人はしていったけど」
「エリザベス様」
「はい」
「怒っているのは坊っちゃまだけではありませんからね」
「はい」
両手を広げて勧誘してみたものの、すげなく断られた。どころか更に怒られた。
お兄様はもちろんのこと、侍女長も怒っているようだし……両親とクリストファーにも怒られる気がする。
お兄様に泣かれるのは苦手だ。両親や弟を泣かせるのもいい気はしない。ものすごい悪行を働いたような気分になる。
しかも今日は既にロベルトとリリアにも泣かれた後だ。これ以上のメンタルダメージは負いたくないのだが。
「私共も生きた心地がしませんでした」
「ごめん」
「目を覚ましてくださって、本当に良かった」
安堵のため息と共にそうこぼした侍女長に、私は喉から繰り返し謝罪を絞り出すしかなくなってしまう。
仕方ない。今回ばかりは覚悟を決めよう。
私が悪いかどうかはさておいて……家族にも使用人にも、それくらい心配をかけてしまったのは、間違いないらしいからな。





