58.私の毎朝1時間の努力
やっとシリアスパートが終わりました。息が出来なくなるかと思った。
今週からは月・水・土の週3更新に戻ります。魔女編ももうすぐおしまいですが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
また活動報告にクリストファー視点の小話を置きましたので、興味のある方はそちらもどうぞご覧ください。
目を開ける。何度か瞬きをして……視界に広がるのが見慣れた天井であったことに安堵した。
どうやら無事、運んでもらえたらしい。
腕を上げようとして、やけに腕が重いことに気づく。
視線を向けると、ロベルトが私の手を握りしめてそこにいた。
文字通りぎちぎちに握り締められていて痛いくらいだ。怪我人に対する握力としてそれは正しいのか?
彼は私が寝ているベッドに上半身を乗せ、突っ伏すように跪いていた。
座っていたのだろう椅子が転けている。寝ているようだ。
とりあえず手を離させようとするが、寝ているはずなのにどういう力をしているのか、ちょっとやそっとでは振り解けなかった。
もう片方の手で指を一本一本引き剥がしにかかる。
結婚前の貴族子女の寝室に男を入れるなど、家族も使用人も許可しないと思うのだが……きっと何をしても離れなかったのだろう。そう思えるくらいの握力をしていた。
中指まで剥がしたところで、ロベルトががばっと顔を上げた。
「っ、隊長!?」
せっかく離させた手を再び握られる。
彼は泣き腫らした目をまた潤ませながら、私をじっと見つめる。
喉の奥から、嗚咽混じりの声を漏らした。
「よかった、もう……目が覚めない、かと」
「大袈裟だな」
苦笑いする。確かにまぁまぁの出血量ではあったが……聖女がいるのだ。そう心配することもないと思うのだが。
一拍置いて、彼の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「隊長~ッ!!!!!!!」
「ぐぇ」
またロベルトがしがみついてきた。
お前、私は怪我人なんだから少しは加減をしろ。
顔を押さえて引き剥がしていると、騒ぎを聞きつけたらしい侍女長が部屋に現れた。
「エリザベス様!」
珍しく取り乱した様子で、彼女は私の姿を見ると口元を覆って息を呑んだ。
「ああ、よかった、本当に! すぐに坊っちゃまにも報告して参ります!」
「え、いや」
侍女長は挨拶もなくさっと身を翻して出て行ってしまう。
何だ、みんなしてちょっと、大袈裟すぎやしないか。
羆と戦って強制送還された時だってこんなに大騒ぎしていなかったと思うのだが。
「エリ様!!」
今度はリリアが部屋に飛び込んできた。
さっきからみんな寝起きの怪我人が対応できるテンションを超えて絡んでくるのをやめてほしい。
リリアが許可なくベッドに飛び乗って、私にぐりぐり頬擦りをしてくる。
「よがっだでずぅうううう」
「鼻水、ねぇちょっと、鼻水」
「心配したんですよ! 三日も目覚めないから!!」
「え?」
思わずリリアを見る。
彼女は私の胸元にぐりぐり頭を埋めていて、こちらを見ていなかった。
仕方ないのでロベルトを見る。
リリアに押し退けられた彼は私を解放してベッドの傍に立ち、袖で頬を擦りながら神妙な顔で頷いた。
三日?
三日も寝ていたのか、私は。
怪我は大聖女の力で治っているようだが……失った血までは戻らないという話だった。
思ったよりも体力を消耗していたらしい。
寝巻きに涙と鼻水を染み込ませてくれているリリアのつむじを見下ろしながら、ため息をついた。
それは……流石に、心配されても仕方ないか。
今日だけは、我慢してやろう。
「わたしがお風呂入ってる間に起きるなんてひどいです~!! わたしが付き添ってる時に起きてくださいよ~!!」
「離れろ鼻水聖女」
「びゃぁ~!!!!!!」
リリアがついに人語を失って喚き始めた。普通にうるさい。
首根っこを掴んで引き離す。
「ていうか私すっぴんだから。満足したらさっさと出て行け」
「塩すぎる件!!」
「すっぴん」
私とリリアが騒いでいるのを眺めていたロベルトが、不思議そうに首を傾げる。
「隊長、いつもと何か違うんですか?」
「よし、お前も帰れ」
メイクもしていないし髪もセットしていないし何なら顔も洗っていない。
違うに決まっているだろうが。
私の毎朝1時間の努力を何だと思っているんだ、こいつ。





