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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第6章 魔女編

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57.後悔も絶望も今更遅い

「ふ、ざけるな!!!!」


 自分の怒声と、大腿部の痛みでふっと身体の感覚が戻ってくる。

 目が覚めたような心地だった。


「あ、」

「隊長、?」


 若草色の瞳が、私を見下ろしていた。

 握り締めていた手を開く。

 私が握り締めていたらしいナイフは、私自身の太腿に深々と刺さっていた。


 そしてどうやら、私はロベルトに抱きしめられているらしかった。

 すぐ目の前に彼の顔がある。涙でぐちゃぐちゃの、ひどい顔だ。

 それでもイケメンなのだから、やはり攻略対象というやつは、ずるい。


 だが何故、抱きつかれているのだろうか?


「っ、うわ!?」


 一拍遅れて、私は叫んだ。

 何だ、この状況は。

 何だかまるで夢を見ていたようだが……目を覚ますまで、身体の感覚が戻るまで、自分が何をしていたのか……どうして自分で自分の太腿を刺しているのか、まったく思い出せない。


「なんだお前、急にどうしたんだ!?」

「!」


 私を見つめていたロベルトの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 何だ、ますますわからない。


「隊長!」

「ぐえ」


 ロベルトがさらにきつく私を抱きしめた。いや、もはや抱きしめるなどという表現では生温い。鯖折りだ、これは。

 何だ、この状況は。

 

「リリア」

「エリ様……」


 リリアがふらふらとこちらに歩み寄ってきた。

 彼女もまた、泣いていた。


「よかった、よかったです……」

「……ごめん。心配をかけたね」


 ロベルトの腕を叩いて、腕を解くように要求する。

 その場に自分の足で立った。まだアドレナリンが出ているのか、足の痛みは然程ではない。

 

 リリアが私にしがみついてきた。

 少々ふらついたが、何とか堪える。華奢な女の子にぶつかられたくらいで転んでしまうようでは、格好がつかない。

 私の胸に顔を埋める彼女の髪を、そっと撫でた。


「もう、大丈夫だから。安心して」

「エ"リ"さ"ま"ぁ"あ"あ"あ"あ"」


 泣き喚くリリアの背をぽんぽんと叩いてやって、振り返る。

 この場にある、私でもロベルトでも、リリアでもない気配の主。

 ……魔女・・へと向き直った。

 

「君たちがボロボロなことにも、突然の自傷にも全く心当たりがないんだけど。これは、あの魔女の仕業ということで間違いないのかな?」

「はい」


 リリアが私のシャツで鼻水を拭いながら、頷く。

 ……うん、今日だけは許す。今日だけだからな。


「魅了で、エリ様を操っていたんだと思います」

「そうか」


 魅了というものは、練度が上がると人を操るところまで行くのだろうか。


 リリアが話していたことを思い出す。魔女は、教会に所属していない聖女を指す、というものだ。

 魅了が「好みのタイプに見せる」という意味合いを持つのであれば……姿形が変わって見えることもあるのかもしれない。

 「ありもしない好意を抱かせる」と言うものなら、心を操ることもできるのかもしれない。


 それは確かに……ロイラバ2の悪役、幻惑の魔女グレイシアが使っていた魔法と同じだった。


「き、騎士様」


 魔女が私を呼ぶ。

 リリアが一緒だからか、一度魅了が解けたからなのか……今の私には、意識を失う前に見た美女の姿ではなく……彼女の本当の姿が見えていた。

 そしてそれは……私の予想していた通りの人物だった。


 学園で足音を聞いた時から思っていたのだ。

 足音が軽すぎる(・・・・・・・)、と。

 それは女性だからという域を超えて、そう。

 まるで――子供・・のようだった。


 そこに立っていたのは、私の知る少女だった。

 黒い髪、銀色の瞳。

 そして私のことを「騎士様」と呼ぶ。

 髪に留められているのは、見覚えのある髪飾りだ。


「レイ」


 私が呼ぶと、彼女の肩がびくりと震えた。

 間違いない。警邏で街を歩いている時によく懐いてくれたあの女の子だ。

 「大きくなったらきしさまと結婚する」と言ってくれたあの子だ。


「ち、違うの、騎士様、レイは、レイは、」


 レイがふるふると首を横に振る。

 何が違うのだろう。

 感覚が鈍くなった右足を引き摺りながら、彼女に一歩歩み寄る。


「黙っていたけれど……実は私は、悪い騎士なんだ」

「え、」

「相手が子供だろうと、泣いて喚こうと、『子どものすることだから』だなんて言って許したりなんてしない、そんな悪い騎士だ」


 レイの喉の奥から、か細く息を吸う音がした。

 彼女が再び首を横に振る。細い髪を振り乱しながら、怯えたような声を出す。


「ちが、ちがうの、怪我させるつもりなんか、なくて、レイはただ、騎士様とずっと、」

「私はね」


 彼女の目の前までやってきた。

 出会った時には幼女だったのに、今は少女と言って差し支えない。12歳かそこらだろうか。

 まだ子どもだが……子どもなら何をしても許されるというものでは、ない。


「守ることより壊すことが得意な悪い騎士だ。正義のためではなく、自分の気持ちを優先する悪い騎士だ」

 

 べっとりと血のついた手で、レイの頬に触れた。


 ロベルトにちらりと目線を向ける。涙でぐちゃぐちゃになっていたことを差し引いても、服もぼろぼろだし、顔にも痣がある。

 リリアに視線を移す。目元は痛々しいほど赤くなっているし、頬には涙の跡が残っている。鼻水がカピカピになってしまっているのは何とかしてほしい。

 

「私の弟子にしたのと同じことを君にしてやろう。私の友達を泣かせたように君のことを泣かせてやろう」

「あ、」

「さあ、どうする? レイ。後悔も絶望も今更遅いけれど、謝罪するなら今がお勧めだ」


 ぼろ、と目の前のレイの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 次々にこぼれ落ちる目を見ながら、私は悪役らしく唇で弧を描いてみせた。

 

「まぁ、許さないのだけど」

「ご、めんなさい」


 レイがしゃくりあげながら、言う。


 彼女の首に、手をかける。

 細い首だ。これを手折ることなど、造作もない。


「ごめんなさい、騎士様! お願い、許してぇっ!!」

 

 彼女が悲鳴を上げる。

 その瞬間――絞め技を掛けて気絶させた。

 ふぅ、やれやれだ。


 気を失ったレイの身体をそっと横たえてやると、息をついた。

 言い訳はあるのだろうが、今は聞いてやる余裕がない。


 頭がくらくらするし、視界が霞む。

 太腿から流れ出た血で、ズボンがびたびたに濡れていた。これだけ出血すれば当たり前である。

 

「……ロベルト」

「は、はい!」

「すまない、運んでくれ」

 

 そう言い残して、私も意識を手放した。


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― 新着の感想 ―
[一言] ホ、ホ、ホァア……エリザベスモドッテキテヨカッタ…… という気持ちです。 魔女はあの子だったんですね!??非常に驚きました。 岡崎先生、伏線回収ですね!?非常に懐いてましたもんね……。
[一言] 探してきました。 【42.私の渾身のキメ顔をスルーとは】での 「レイ、まいごじゃないよ。あれはおかあさんがまいごだったの」のレイちゃんですか!大きくなりましたね。 「きしさま、うわきはダメよ…
[一言] う〜ん…!身バレしても、分からなかったです! でも足音が軽すぎたのは、幽霊とかじゃなくて、そういう理由だったからなんですね! とりあえず、一件落着でここから収束していくのかな?
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