56.こっちこそ、死んでも御免だ。
エリザベス視点に戻ります。
気づくと、ロベルトと戦っていた。
頭がぼーっとする。自分が今まで何をしていたのか思い出せない。
今も、分厚いガラスの向こうに自分の姿を見ているような気がする。
まるで水の中にいるようだ。音がくぐもって、よく聞こえない。
酸素が足りないような、うまく動かない脳の中に「早く行かなくては」という思いだけがこびりついていた。
そうだ。早くロベルトを退けて、行かなくては。
邪魔者は、排除しなくては。
模擬戦だろうか? それにしては、ロベルトの表情が暗い。
いつも私と戦る時は楽しそうにしているのに。
ロベルトの肩の向こうに、リリアの姿が見えた。
ぺたりと座り込んで、涙の滲んだ目でこちらを見ていた。何かを叫んでいるが、聞こえない。
私の手にあるのは、私がロベルトにやったナイフだ。
西の国の土産で、見た目よりもずっしりと手応えのある重さで、よく切れる……
それを、逆手に構えて。
彼の眼前に突きつけて、勝負あり、だ。
いつもなら、模擬戦なら、そこで終わりだ。それなのに……何故か私の身体は、止まらなかった。
勢い余って、というわけではない。
明らかな意志を持って、それを振りかぶる。
どうしてだ、勝負はもう決まったはずだ。
もうこれ以上は、必要ない。
「隊長」
ロベルトが私を呼ぶ。
身体を止めようとするが、思うように動かない。
何だ、これは。
私の身体だろうが。
何故言うことを聞かない。
ロベルトの顔を見る。
彼はこちらに向かって腕を伸ばし、瞳に涙を溜めながら……私を見て、泣き笑いのような顔で、微笑んだ。
「俺、貴女にだったら――殺されてもいい」
ふざけるな。
自分の腕を止めようとする。
水の中でもがくような、分厚いガラスに阻まれているような感覚がするが……そんなもの、知ったことか。
私の身体だ。
私の言うことを聞け。
頭の中で声がする。
邪魔者は消してしまえと誰かが言う。
うるさい、黙れ。
誰が私の脳内に直接語りかけていいと言った。
私の頭だ。
他人の言うことではなく……私の言うことを聞け。
リリアの悲鳴が聞こえる。
ふっと、「何か」が緩んだ気がした。
拳を握る。
動いた。私の意志で……私の身体が、動いた。
相変わらずまるで他人の体のようだが……それでも、動いた。
ナイフを握る手に力を込める。
動け。
動け、動け!!
目の前のロベルトを見る。
何だその、泣きそうな顔。情けない顔をしやがって。
何が殺されてもいい、だ。
殺すこちらの身にもなれ。
こんなことでお前が死んだら。
私の寝覚が悪いじゃないか。
私の飯がまずくなるじゃないか。
そんなもの――こっちこそ、死んでも御免だ。
「ふ、ざけるな!!!!」





