55.止めなきゃ、わたしが(リリア視点)
ロベルト殿下は腰に佩いていた剣を抜き去ると、低い位置で構えます。
その様子を横目に見ていたエリ様も、音もなく剣を抜きました。
一瞬の沈黙の後――甲高い金属音が鳴り響きました。
エリ様とロベルト殿下の剣が交差します。
ギリギリと激しい鍔迫り合いの後、二人が素早く距離を取ります。
エリ様が下段に、ロベルト殿下が上段に、それぞれ再び剣を構えました。
そこからの戦闘は、わたしの語彙と動体視力では解説できません。
目にも留まらぬ速度で繰り出される攻撃を、互いに受けて、躱して、また打ち込んで。
少なくともわたしの目には、互角の戦いに見えました。
――が。
一際大きな音とともに、ロベルト殿下の剣が弾かれました。吹っ飛ばされた剣が、わたしの方に飛んできます。慌ててしゃがみ込むと、近くの花壇に剣が突き刺さりました。
武器を失って万事休すかと思いきや、ロベルト殿下は一歩も引きませんでした。
それどころかエリ様の懐に踏み込むように身体を捻り、顔面に向かって拳を打ち込みます。
急所への攻撃を避けようとしたエリ様に、今度はロベルト殿下がハイキックを繰り出します。
それを剣を握った手で受けたエリ様ですが、さすがに力が緩んだようです。そのまま蹴り上げたロベルト殿下の動きに合わせて、エリ様の手からも剣が離れます。
カランと音を立てて、剣が地面に落ちました。
ロベルト殿下の猛攻が始まります。エリ様より背が高いだけあって、リーチがあります。
西の国でのあれこれを経てなんとか細マッチョのラインまで戻ってきたエリ様と比べても見るからにムキムキですし、武器がなければ力押しでワンチャン、あるのでは。
そう思ったのはわずかな間でした。
エリ様が体勢を崩したのはほんの一瞬で、立て直してからはロベルト殿下を押し返しています。
あの体格差で? そんなことあります??
ロベルト殿下が手加減していないことは、顔面へのパンチからも明らかです。それでも、押されています。
「く、っ……隊長!!」
背後に回り込んで締め技を決めようとしたエリ様の身体を、ロベルト殿下が跳ね飛ばしました。
ですが距離を取る間もなく、エリ様が高く飛び上がり、大上段からの蹴りを放ってきました。
「俺は、こんな貴女と戦いたくない! 俺は、俺はッ」
「うるさい」
蹴りを受け止めながら言うロベルト殿下。
本当にうるさそうに呟いて、エリ様がそのまま身体を捻って着地、休む間もなく次の攻撃が始まりました。
何とかして隙を突こうとわたしも近寄りますが、そもそも聖女の祈りを遠距離で使えるのか試したことがありません。
飛び道具的に? 飛ばす? 回復魔法を??
ゲーム本編でもそんな場面は見たことがありません。ですがあの二人の間に飛び込むには自動復活が何回あっても足りません。やるしかないのです。
息を吸って、吐いて。
エリ様を見つめます。
真剣でクールな表情も素敵ですけど……わたしは。
いつものエリ様が、好き。
「とりゃああっ!!!!」
2人に向かって、両手を突き出しました。
ロベルト殿下に当たっても回復魔法みたいなものですから、害はない、はず!
両手の付け根から放たれた眩い光が、2人に向かって飛んでいきます。
わたしの目にはそれなりのスピードで飛んでいったように見えて……当たった、と、思ったのですが。
二人に光の塊がぶつかるかという瞬間、光が真っ二つに割れました。
「え、」
そのまま光は2つに分かれて、真ん中にいたエリ様たちを避けるようにして、左右に吹っ飛んでいきました。
何が起きたのかと、思って見れば。
エリ様が、こちらに向かってナイフを構えていました。
「なッ」
ロベルト殿下が驚愕の声を漏らします。
そこに、刃が襲い掛かりました。
間一髪、ロベルト殿下はのけぞってそれを躱します。
エリ様がナイフの持ち手をくるりと回して、逆手に持ち直しました。
そのナイフは、エリ様がロベルト殿下に西の国のお土産としてあげたものでした。
つまりエリ様は、あの一瞬でロベルト殿下の懐からナイフを奪って……聖女の祈りを切り伏せた?
がたがたと膝が震えます。
立っていられなくなって、ぺたんとその場に座り込みました。
そんな、こんなの。
こんなの……どう頑張っても、勝てません。
おかしいです。
だってここは、やさしい世界のはずで、エリ様はわたしに攻略されたはずで、わたしは、主人公で。
ハッピーエンド以外、待っていないはずなのに。
「隊長」
ロベルト殿下が、エリ様を呼ぶ声がします。
その声は妙に静かで、落ち着いていて――まるで。
諦めたみたいに、聞こえました。
「やだ、」
震える唇から、声が漏れます。
ダメです、こんなところで、座り込んでる場合じゃない。
止めなきゃ、わたしが、わたしが、エリ様を――
「俺、貴女にだったら――殺されてもいい」
「やめて!!!!」
月の光に閃く刃に、わたしの悲鳴が響きました。





