54.エリ様の恋人(予定)です(リリア視点)
ヨウの情報をもとに、魔女とエリ様が去っていったという住宅街の方角に向けて、男爵家の馬車から拝借した馬に乗って走ります。
もちろんわたしは一人では乗れないので、ロベルト殿下の後ろで鞍にしがみついています。まったくもって気遣いゼロなので何度も舌を噛むかと思いました。
ですが……ヨウの話を聞いた後では、悠長にしていられないのは確かです。
魔女に対抗できるのは、聖女。
それはわたしも考えていたことでした。
魔女というのは教会に与していない聖女である、というのがわたしの仮説です。
聖女には魅了は効きません。フグが自分の毒で死なないのと同じです。わたしなら……聖女なら、魔女の力を無効化できるかもしれないのです。
ロイラバ2に出てくる幻惑の魔女グレイシアは、幻覚を見せたり、モブを操ったり、攻略対象を唆したりします。
それはつまり……魅了の上位互換なのでは、というのがわたしの見解でした。
この街に現れている魔女もそうです。出会った人がみんなが口を揃えて「絶世の美女だった」と言うのはつまり……その人にとっての「絶世の美女」の姿に見せているからです。
そういう形に、認識を捻じ曲げているのです。
そして魔女が使っている上位互換の魔法が「認識を捻じ曲げるもの」だとするなら、魔女に出会った一部の人が、口をつぐむ理由にも納得ができます。
聖女の魅了は、心を決めた相手がいる人には効果がありません。
でももし……その心に決めた相手の姿に見えるように、認識を捻じ曲げられるとしたら?
それはもう魅了というより、認識阻害といった方が近いのかもしれません。
たとえば自分の思い人の姿に見えていたとしたら、証言を求められても滅多なことは言えないでしょう。
仮に本人でないと分かっていたとしても、です。
「隊長!!」
ロベルト殿下の声がしました。
馬が急ブレーキを掛けます。馬が止まり切らないうちに、ロベルト殿下が馬の背から飛び降りました。
わたしも馬が止まってから、えっちらおっちら馬を降ります。
ロベルト殿下の肩の向こう、道の奥。
騎士団の制服姿のエリ様が、ふらふらと歩いていくところでした。
エリ様の背で隠れて見えないけれど……その奥に、魔女がいるのでしょうか?
ロベルト殿下がエリ様に駆け寄り、その肩を掴みました。
「隊長、どこへ」
「離せ」
ロベルト殿下の手を、エリ様が振り払います。
こちらを振り向いたエリ様の瞳は、今まで見たことがないくらいに、冷え冷えと冷え切っていました。
思わず足が止まります。声が出せなくなります。
エリ様に塩対応されたことは数えきれないくらいにありますけど……その比ではありませんでした。
まるで、路傍の石でも見るような。いえ、顔の周りを飛ぶ蝿でも見るような。
敵意というのも烏滸がましいくらい……取るに足らないけれど邪魔だなぁ、というものを見る目です。
そのまま無感情に、わたしたちのことを叩き潰しそうな、そんな目です。
怖い。
わたしは初めて……エリ様のことを、心の底から怖いと思いました。
「リリア嬢」
ロベルト殿下がエリ様から視線をそらさずに、わたしを呼びました。
彼の横顔に目を向けます。
その目には焦りの色がありました。冷や汗が顎を伝っています。
力量差のわからない私ですら威圧されるくらいです。エリ様の強さをよく知っているはずのロベルト殿下なら……もっと怖いと感じたはずです。
それでも、彼は一歩も後退りしませんでした。歯を食いしばってただ真っ直ぐに……エリ様を見つめていました。
「俺が何とかして隙を作る。だから、その隙を見て」
その言葉に、わたしは唇をぎゅっと引き結びます。
そしてぺちぺちと、自分の頬を叩きました。
そうです。わたしが怖がってどうするんでしょう。
わたしは主人公です。聖女どころか大聖女です。
そして何より……エリ様の恋人(予定)です!
今は! まだ! 友達! ですけど!
今は!! 今はね!!
ここでエリ様のことを止められなくて、何が主人公でしょう。何が大聖女でしょう。
何が友達でしょう。
こういうときに「ほら、怖くない」と言ってエリ様に手を差し伸べるのが主人公らしいムーヴのはず。
ロベルト殿下の目を見て、頷きます。
「主人公力、見せてやりましょう!」
「ひろ……?」
ロベルト殿下は一瞬よく分かっていなさそうな顔をしましたが、わたしに頷き返しました。





