50.聖女の力
今年はたいへんお世話になりました!
年末の締めくくり的なご挨拶は活動報告に書きましたので、気が向いたらご覧ください。
いただいた質問にもちらほら答えたりしています。
それでは皆様、何だか珍しくシリアスな感じで年越しになりそうですが、来年もモブどれをどうぞよろしくお願いいたします!
朝のホームルームの鐘が鳴る。
席について待っていると、教室に入ってきたのは、1年の時に私のクラスを担当していた女性の教師だった。
クラスメイトたちも皆、同じ疑問を抱いたようだ。
フィッシャー先生はどうしたのだろう。
その疑問は誰も口に出さなくとも女性の教師にも伝わっていたようで、彼女は簡単に朝の挨拶を済ませた後に、こう話した。
「フィッシャー先生は事故で少し大きな怪我をされて、しばらくお休みすることになりました。今日から先生が戻るまでは、私が代わりにこのクラスの担任の仕事を引き継ぎますので、よろしくお願いします」
その言葉に、私は眉を跳ね上げた。第一師団所属の人間が滅多なことで怪我をするとは思えない。
事故というのは方便で、本当のところは何者かと戦闘になり、手傷を負ったのだろう。
斜め後ろの席のリリアを振り返る。
リリアが小さく首を振った。
彼女の記憶も私の記憶と相違ないようだ。この展開は、ゲームにはなかった。
先生が聖女を狙う敵と戦って怪我をするイベントはあったが、その時には主人公が一緒にいて、彼の怪我を治している。
だがリリアが知らない以上、ゲームにあったイベントではないことは確かである。
先生の腕前はなかなかのものだった。その彼が、ゲームのイベントではなく――つまり乙女ゲーム的な忖度なく、怪我をした。
一体誰が……どんな人間が、相手だったのだろう。
◇ ◇ ◇
第一師団の詰所、そのさらに奥。
簡素な医務室のベッドに、フィッシャー先生が横たわっていた。
彼は私たちの気配を察したのか、薄らと目を開けるとため息をつく。
「ちょっと……何で聖女様がここにいるわけ……誰が通した」
「顔パスでしたよ」
「あいつら……」
先生が緩慢な動作で腕を上げ、自分の額に当てて呻いた。
まぁ実際はリリアが魅了の力で見張りを無力化したのだが、美少女の顔面の力とも言えなくはない。顔パスといえば顔パスだろう。
先生を見る。
左腕は添え木をして固定されている。左足の膝から下もだ。顔にはあちこちガーゼが貼られ、頭にもぐるぐると包帯が巻かれている。
見るからに満身創痍、といった雰囲気だ。
私と戦っても折れなかった骨が、折られている。
それだけで、相手の程度が分かるというものだ。
こちらに首を向けた先生に、にこりと微笑みかける。
「お見舞いに来ました」
「いいよ、おれは。聖女に治してもらうような大した人間じゃ」
「リリア」
「はい」
「ほんと人の話聞かないね、お前」
「聖女の祈り」の光が先生の体を包む。
包帯で覆われているので見た目は変わらないが、怪我はすべて治ったはずだ。
リリア曰く、出血によって失われた血や、骨折を修復することによって失われた体内のカルシウムなどを戻すことまではできないらしい。
聖女の力は「運命を捻じ曲げる」ものだという。怪我を治すのも、運命を「怪我をしていなかった」状態に捻じ曲げているのだという話だ。
だがそれはあくまで表面上のことであり、体組織の修復に必要な栄養やら何やらは本人の身体の中で勝手に調達されている。
流れ出た血など、失われてしまったものは戻らない。
死んだ人間を生き返らせることが出来ないのと同じだ。
自動復活がどういう仕組みなのかは、まだ使っていないので分からないらしいが……知らないままでいるのが幸せだろう。
「死なない」ではなく「死ねない」になったり、生き返ったものの「元通り」ではなかったりするかもしれないからな。
「に、2~3日休息を取れば、動けるようになる、と思います。たぶん」
「だそうです。先生にはまだまだ、働いていただかないと」
「人使いが荒いね、どうも」
先生ががしがしと左腕で頭を掻いた。もう骨はしっかりとくっついたようだ。
包帯を解いて添え木を取る彼に、話しかける。
「それで? 先生ほどの方が遅れを取ったというのは……何が起きたんですか?」
「よく言うよ」
先生が自嘲気味に笑う。
ベッドの上であぐらをかいて、三角巾から頭を抜いた。そのまま足の包帯も外しにかかる。
後から医師が見たら仰天するかもしれない。
「怪我はほとんど自滅みたいなもんさ。どう頑張っても勝てそうにない相手から逃げた先に、運悪く馬車が通りかかって。撥ねられてこのザマってわけ」
「馬車に撥ねられてあの程度なんですか……?」
リリアが驚愕の声を漏らす。まぁ、馬車の速度によっては死んでいてもおかしくはない。
だが第一師団としての彼の身のこなしを見ていれば、その驚きは別のところに向かうだろう。
普段の彼なら馬車くらい簡単に避けられたはずだ。だがそれが出来なかったということは……それだけ切羽詰まった状況に陥っていたということだ。
先生を追い詰めたという、作中最強をして「どう頑張っても勝てない」と言わしめる相手。
その存在にこそ、驚くべきだろう。
「その相手というのは?」
「あれは……魔女だ」





