49.それ、自己紹介?
「別に心配する必要、ないと思うけど」
考えていたことをそのまま口に出せば、リリアが私を見た。
そしてぱちぱちと瞬きをしたかと思うと、私の腕に勢いよくしがみついてきた。
「ヤキモチですか!?」
「違う」
「ジェラシーですか!?」
「違います」
思わずため息をついてしまう。
成長したとか思った私が馬鹿だった。もしかして一生こんな感じなのだろうか、この肉食聖女。
「中身はさておき、ヨウも顔はいいんだし、この世界はイケメンにはやさしいし。寄り添ってくれる女の子の一人や二人、生きていればこれからいくらだって捕まえられるだろ。だから心配ないよ」
ヨウは主人公と同じ年だ。18かそこらで五体満足、健康体。
やさしい世界のおかげで、処刑されたりすることもなく、悠々自適な捕虜生活。おまけにお綺麗な顔までついている。
乙女ゲームのヨウと比べれば恵まれた状況ではないだろうが……母親が死んでいたことを知ってなお生きているし、東の国とは決別している。国に見捨てられた形ではあるが。
「主人公と恋に落ちた」の部分がすっぽり抜け落ちていることを差し引けば、置かれている環境自体は大差ない。
違う未来が、なんて言い方をしたら、まるでもう取り返しがつかないことのようだが……実際は違う。人生まだまだこれからだ。
憎まれっ子世に憚るというし、五十、六十、喜んで、である。
これから先の未来の方が長いというのに、何を悲観しているのだろう。
「エリ様、ほんと適当で無責任ですよね……」
「選んだのは私じゃないからね。私に責任がないのは当たり前だろ」
リリアの冷ややかな視線を苦笑して躱す。
たしかに世界機構とやらのせいで復讐に取りつかれて、もともとのヨウとは違う歪んだキャラクターになってしまったのは、彼だけのせいではないのだろう。
だが私は知っている。
この世界の強制力とやらが……決して万能ではないことを。
ただのモブ同然の人間一人の力で、変えられる程度のものだということを。
だからこそ、言える。
彼だけのせいではないが……世界機構のせいだけでもないのだ。
彼が言い寄った相手が主人公ではなく私だったから、彼を真実の愛とやらに導けずにヨウが歪んでしまった、という見方もできるだろうが……それで言うなら、そもそも聖女ではなく私に求婚したという選択からしてゲームとは違う。
縋る相手を選択したのは――彼自身だ。
やるか、やらないか。決めるのは自分自身だ。筋トレと同じで、決められるのは自分だけだ。
転入してきたあの時からきっとヨウは決めていたのだ。
任務ではなく、復讐を優先することを。
そのために、聖女ではなく彼の作戦を結果的に邪魔してしまったらしい私をターゲットに定めたのだ。
それが彼の選択である以上、私には縋り付く彼に手を貸してやる義理はない。
恨まれるのは構わないが……私に何かを期待するのはお門違いだ。
そしてあの時、引き金を引かないという選択をしたのも、彼自身である。
報いは彼が受けるべきだし、今後どうするかも彼自身が選ぶことだろう。
そしてそれが気の毒なことかどうかも――私たちが決めることではない。
馬車が止まった。
御者がドアを開けたので、先に馬車を降りてリリアに手を貸してやる。
「銃口向けられた相手に同情するほど、やさしくないだけさ」
「エリ様ってどうしてそう、変な人を惹きつけちゃうんでしょうねぇ」
「それ、自己紹介?」
にやりと笑って問いかけると、リリアが私の肩をぽかぽかと殴った。
痛くも痒くもない。





