47.『対エリ様ナイズ』
メリークリスマス!
なのに話がシリアスっぽい感じなので、シリアスじゃない小話を活動報告にUPしました。
魔女編で出番が少ないエドワード(+マーティン)の出てくる小話となっております。
よろしければそちらもご覧ください。
「ていうかヨウがあんな感じになっちゃったのは、エリ様の影響なんじゃないかと思うんですけど」
「違う、訓練場は別にドM養成所じゃない」
「そんなことは言ってませんけども」
リリアの言葉に反論すると、彼女が「いやいや」と手を振った。
クリストファーの訓練場への出入り禁止について申し入れたときのお父様の反応を思い出してつい過剰に否定してしまった。
お父様には一箱使い切る勢いでオブラートに包みまくって「あのままあそこに置いておいたらSだのMだの吹き込まれてクリストファーの情操教育に悪影響がある」という旨を伝えたのだが、「もし本当にそんなところだとしたらお前も含めて通うのをやめなさい」と言われてすごすごと帰ってきた。
クリストファーには通うのをやめてほしいが、あそこがSM養成所だと主張すると、芋づる式にそこに通っている私の趣味趣向まで怪しいと思われかねないところが非常に厄介である。
私のように真面目に鍛錬したいだけの教官や候補生のためにも、おかしいのは一部の人間だけであることを強くアピールしていきたい。
「前に話しましたよね? ヨウはこの乙女ゲームの世界が、元の原作通りのストーリーに戻るために、世界機構が無理矢理運命を捻じ曲げて転入させてきたんじゃないかって」
「ああ、ゲームにいないはずの私が君に選ばれたから、とか、そんな話だったっけ」
リリアが頷く。
ヨウはもともと初回プレイでは登場すらしないキャラクターだ。転入してくる時期だって、ゲームとこの世界では違っている。そういう意味ではイレギュラーな事態であることは間違いない。
世界があるべき姿に戻ろうとする強制力が働く、というのも転生モノではありがちな話だ。
「わたしが思うに、ヨウは『対エリ様ナイズ』されて送り込まれたんじゃないかと」
「何だそれ」
いや、まじまじ聞いても何だそれは。
対私ということは……私の敵となるべくして送り込まれた、ということだろうか。
「エリ様を物語から排除することを目的としているわけで。それはエリ様を怪我とかで退場させてもいいし……エリ様をヨウに惚れさせたっていいわけです」
「は?」
「そうすれば主人公はフリーになって、そこから乙女ゲームの続きが出来る……って考えたとか」
私はまた「何だそれ」とこぼした。
前半は理解できるが、後半は意味不明だ。
恋は盲目と言う。恋に浮かれた人間の言動が常人ならざる状態に変化することはあるだろうが……恋に落とそうとしている側の性格が変わるというのは、どういう意図なのだろう。
「主人公だってそうじゃないですか。どの攻略対象とくっつくかによって、ちょっと性格変わってましたよね?」
「まぁ、そりゃあ乙女ゲーだし。主人公の性格なんてもともとあってないようなものなんだから、そのキャラと合いそうな感じの方がしっくりくるだろ」
「だから、悪役令嬢のエリ様にしっくりくるために、悪役ナイズされたんじゃないかと思うんですよ」
リリアの言葉に首を捻る。
悪役だからって悪役を好きになるというものでもないだろう。特に善人ならまだしも悪人とくれば、同族嫌悪が勝るのではないか。
人間は自分にないところを持つ相手に惹かれるという。
種としての存続のために遺伝子的に自分から遠い相手を求めるとかそれらしい根拠があるらしいが、例えば自分には出来ないことをやってのける人間に痺れたり憧れたりなどするのはよくある話だろう。
「ま、肝心のエリ様に共感力がまっっったくなかったせいで全然響かなかったみたいですけど」
「私のせいにされてもなぁ」
まるで私が悪いかのように言われて、やれやれと肩を竦めた。
ヨウの振る舞いに共感性羞恥を感じたりもしたので、共感力がないわけではない。
やはり方向性の違いだろう。
「この世界のヨウって、ゲームのヨウより半年も後に転校してきたじゃないですか。それまで東の国にいたわけで……お母さんの死を知る機会はきっと、こっちにいる時以上にあったと思うんですよね」
「ああ、そうか。タイミングとしても辻褄が合うわけか」
「そうなんです。時期的にもおかしくないんですよね。転入してきた時のヨウが、全部知っていたとしても」
ヨウの瞳を思い浮かべる。
最初に会った時から、黒々とした、他人を騙すことを何とも思っていない目をしていた。
そしてどこか掴みどころのない、心の奥底で何を考えているのか分からない目をしていた。
あれは……あの目の奥底にあったのは、絶望だったのかもしれない。
受け止めきれない絶望の重さに立ち尽くして、彼自身が「何もない」と言うほどの虚無感に苛まれていたからこその、得体の知れなさだったのかもしれない。
何を考えているのか分からなくても当然だ。
簡単なことだ。その奥底には「何もなかった」のだ。





