45.一生知らないままでいたい。
そこまで考えて、口では私のことを好きだなんだと言いながら歪んだ感情を向けてくる男の存在を思い出した。
定型文に「心から」を付け加えておくべきかもしれない。
ストーカー未遂のドM予備軍のことを思い出したついでに、気になっていたことをリリアに尋ねてみることにする。
「そういえば、ヨウのことだけど」
「エリ様」
リリアがまた不機嫌そうに頬を膨らませた。
「ここで他の男の名前を出すのはさすがにデリカシーがなさすぎです」
「そう?」
「レッドカードです、一発退場です」
「じゃあ帰ろうかな」
私が立ち上がろうとすると、リリアが腕を掴んできた。
そして文句ありげに腕をぶんぶんと振る。そんな不満のぶつけ方をされても可愛らしいだけなのだが。
流石に私も走っている馬車から飛び降りたりしない。ちょっとした冗談である。
浮かせかけた腰を下ろして、話の続きを再開する。
「うちの訓練場の教官が引き取って性根を叩き直そうとしたらしいんだけど、なんの手違いかドMになっていて。まぁあの教官がドMなのは昔からだから仕方ないのかな」
「情報量」
「最近ちょっとストーカーじみてきて困ってたから、一度説得しようとしたんだ。最終的にはフィッシャー先生が引き取ってくれることになったけど」
「情報量が多い」
枕の段階で、リリアがすでにお腹いっぱいの顔をしていた。
私も正直ヨウの変態性には困惑している。ゲームではそんな素振りはなかったように思うのだが……いったいどこでどう足を踏み外したらああいう仕上がりになるのか。
一生知らないままでいたい。
話を本題に戻す。
「私に執着するなって趣旨のことを言ったらあいつ、『ワタシには何もない』って」
「『何もない』?」
「おかしな話じゃないか? ロイラバではヨウは病気の母親のために、スパイを買って出たっていう設定だったろ」
私の言葉に、リリアは顎に手を当てて、少し考えるような仕草をする。
「わたし、不思議だったんですよね。ヨウは確かに東の国のスパイだったけど……一途な押しの強い外国人キャラっていうか。ゲームでは割と純粋な感じだったじゃないですか」
「まぁ、そうだね」
「でもこの世界のヨウは違いましたよね」
リリアの言葉に頷く。
表面上は、好意の矛先がリリアに向くか私に向くか、という違いだけのようにも見えるが……中身は全く違っていた。
最初から彼の態度にはどことなく、悪意というか違和感があった。
少なくとも、ゲームの印象とはずいぶん違ったことは確かだ。
「わたしにも愛人にしてやろう、とか言ってましたし」
そんな話をしていたとは知らなかったが……リリアを誘拐した時だろうか。
そういえば東の国には後宮があるという話だった。つまり、一夫多妻の制度があるということだろう。
だが、リリアの言わんとしていることが読めてきた。彼女が何を、不思議に思ったのか。
「ゲームのヨウの設定から考えたら……愛人、なんて、絶対嫌なはずなんですよね」
そう。ヨウの母親は後宮にいる、身分の低い側妃という設定だった。
側妃と言えば聞こえはいいが、言ってしまえば愛人だ。ヨウの母親は身分が低いために軽んじられ、顧みられず、愛人という立場に甘んじることになってしまった。
そしてあくまで愛人に過ぎないために、ヨウにも玉座は回ってこない。
ヨウの母親が「愛人」という立場であったために、ヨウもその母親も苦労をしていたはずだ。手柄を上げれば重用されるという嘘くさい出世話に、乗ってしまうほどに。
その境遇から抜け出すために敵国に潜入するスパイとなることを選んだ人間が……たとえいくら見た目が絶世の美少女が相手だからと言って……愛人に、などと言うだろうか。
「ヨウがゲームと違う理由って何だろうって考えて……思い当たったんです」
ごとり、と馬車が揺れる。
窓の外に視線を向けると、どこかの誰かの瞳のように、黒々とした夜の闇が広がっていた。
「この世界のヨウは、自分のお母さんがもう死んでいるって……知っているんじゃないかって」





