44.公式設定
「リリア。いつまで拗ねてるんだ」
「…………」
帰りの馬車でむくれているリリアに、やれやれとため息をついた。
何かが気に入らないようだが、何がどう気に食わないのか、言ってくれないと分からない。
先ほどの勉強会での会話を思い出して、これが原因だろうかというものについて一応の謝罪を試みる。
「兄属性の説明丸投げしたのは悪かったって」
「それじゃありません」
きっぱり言い捨てられた。ではもうお手上げだ。
リリアはしばらく頬を膨らませていたが、やがてぽつりと零す。
「わたし知らなかったです。エリ様の初恋の人が……先生だったなんて」
何だ、まだその話を引きずっているのか。
何度も覚えていないと言っているし、まだ私ではないエリザベス・バートンだったときのことだ。
リリアだってその部分はよく理解していると思っていたのだが。
「やっぱり、年上の男の人が好きなんですか?」
やっぱりって何だ。
やれやれと苦笑いをしてしまう。
皆いつまで私の失言を引っ張る気なのだろう。
「……わたしがエリ様より大人で、男の人だったら……もっと簡単に好きになってもらえたんでしょうか」
「そんな聖女は嫌だよ」
そう言った後で、気づく。いつだったかリリアの言っていた話を信じるのだとすれば、男だったら聖女ではなく勇者――になるのか?
だが主人公が大人の男性だった場合、乙女ゲームではなくBLゲームになってしまう。
「Royal LOVERS」、ノーブルでファビュラスな愛を囁きあうBLゲーム……ありそうだな。
そもそもリリアが男性だったら私が男装する必要はなくなってしまう。いや、BLゲームだったら必要なのか。
……何だか倒錯した話になってきた気がする。これ以上深く考えない方がよさそうだ。
「本当に覚えてないんだって。だから蒸し返されても困る。エリザベス・バートンの身体はさておき、私自身には特別関係のない話だ」
「身体だけの関係ってことですか?」
「言い方が嫌すぎる」
どこで覚えたのやら、妙な言い方をされて眉間に皺が寄る。
可憐な少女の薔薇の蕾のような唇から発されるとより一層嫌悪感が募るので不思議だ。
「君の心配しているようなことにはならないよ。安心して」
「じゃあわたしのこと好きって言ってください」
「何でだよ」
思わずコテコテのツッコミをしてしまった。
先生のことを何とも思っていないことと、リリアのことをどう思っているかは全く別の事象である。
リリアがチッと小さく舌打ちした。舌打ちをする聖女もまぁまぁ嫌だ。
逆に聞きたいが、騙し討ちのようにして勢いで言わせて嬉しいのか?
「あーあ、せめてわたしが年上だったらなぁ。妹みたいとか言われないのに」
「それはどうかな」
リリアの普段の言動を思い返す。
多少見た目が大人っぽくても、そして身体年齢が年上だとしても、精神年齢がこれである。
今の関係と大差ないだろうことは想像に難くない。
「それでこう、ボンキュッボンで、お色気ムンムンのせくしーなイイ女系のお姉さんだったら、エリ様を誘惑できたかも」
「何だそれ」
「だって、そういうタイプ今までいなかったですよね?」
そう言われて、何となく今まで出会ってきた女性を思い浮かべる。
確かに私の周りには色っぽいお姉さん系の女性はあまりいない気がするが……乙女ゲームの世界の貴族令嬢に色っぽいお姉さんがたくさんいたらそれはそれで世界観的にいろいろとまずい気がするので、当然だろう。
「ディーだってボンキュッボンのお姉さんだろ」
「ダイアナ様はわたしと同じ珍獣枠です」
即答で言い切られた。
「珍獣」というカテゴライズに妙に納得してしまったが、いいのか、それで。
「こんなにいろんな人に好き好き言われてるのに、興味ないじゃないですか」
「気分がいいとは思ってるけど」
「だから、逆に今までエリ様にアタックしてこなかったような人が、エリ様のタイプなんじゃないかって」
リリアの言葉を自分でも反芻して考えてみるが、どうにもしっくりこない。
イケメン同様、綺麗な女性や可愛らしい女の子も見ている分には目に楽しい。
私個人の趣味趣向はさておいて、人類はだいたいそうなのではないかと思う。
ましてここは顔面至上主義の乙女ゲームの世界だ。きっと世論もそれを支持するだろう。
だがタイプかどうかと言われると、また別の問題である。
ボンキュッボンのセクシーなお姉さんに迫られたことがないので、実際どうなるのかはわからないが……それを言い出したら筋骨隆々のゴリマッチョにも迫られたことはないので、たいていの場合どうなるかは未知数だろう。
これ以上タイプがどうのという話を続けても、私自身に明確な回答がない以上、生産性がある会話になるとも思えない。
公式設定は「私のことを好きになってくれる人」ということになっているので、それで納得しておいてほしいものだが。





