43.用語チョイスが残念すぎる
「まぁお兄様の話では、初恋……っていうか、先生に憧れてたのは本当みたいだけどね」
「せんせい?」
声がして振り向くと、図書室の入り口にロベルトが立っていた。
どさ、とロベルトの手から鞄がこぼれ落ちる。
学園長先生に呼び出されて、後から勉強会に合流する手筈になっていたのだ。
さすがに第二王子が留年させられるようなことはないだろうが、身分による忖度を差し引くと私よりも卒業が危ぶまれるのは彼なのだから、もはや参加は必須である。
ロベルトが勉強会に合流したのはいい。
まずかったのは、そのタイミングだ。
「は、初恋??」
またややこしくなりそうなやつに聞かれてしまった。
恋だの愛だのに疎そうなロベルトである。
元のゲームではツンデレ俺様系だったが、今ではすっかり元気いっぱい脳筋系だ。
騎士道には一種の清廉さというものも含まれている。
「騎士たるもの、女に現を抜かすなんて破廉恥な!」みたいなことを言われかねない。
普段から軟派系を演じている私に今更そんなコメントをしても暖簾に腕押しだろうと思ってくれるといいのだが。
ロベルトがつかつかと私の横まで歩み寄ってくる。
乙女ゲームの立ち絵で見たような、不機嫌そうな、難しそうな顔をして見下ろされるが……物理的には見下ろされているはずなのに、何故か縋り付くような目をしている気がしてくるから、不思議である。
「せ、先生って、誰ですか」
「フィッシャー先生」
「隊長は、ああいう男が、お好きなのですか?」
「だから、小さい頃の話だって」
やれやれと肩を竦める。
何回も同じ話をさせるな。
幼女時代のエリザベス・バートンはどうだか知らないが、……と、そこまで考えて思い至る。
もしフィッシャー先生が正エリザベス・バートンの好みなのだとしたら、ロベルトは全くタイプではなかっただろう。婚約破棄されてよかったのかもしれない。
いや、令嬢的には全くよくはないのだろうが。
お互いに愛のない結婚にはなっただろう。
ゲームから大幅なキャラ変をしたロベルトを見やりながら、ため息をつく。
「子どもって皆、そうじゃないか? 年上のお兄さんお姉さんに憧れたりするものだろう」
「で、ですが」
しどろもどろになっていたロベルトが、ぎゅっと拳を握って呟く。
「バートン伯とフィッシャー先生は、全然似ていません」
「そりゃそうだろう」
またため息をついた。
私はいつまで「好みのタイプ=お兄様」ネタで弄られ続けるのだろうか。そろそろ勘弁してもらいたい。
友の会会報にも「私のことを好きになってくれる人」と公式に回答を載せてもらったのだから、そちらに情報を更新してほしいものだ。
なかなか更新されないウィキペ◯ィアか、お前は。
「エリ様、兄属性に弱すぎですよね」
リリアがジト目で私を睨みながら呟く。
弱いと言われると語弊がある。子どもは皆そうだと言っただけだ。
「大人っぽいのに、意外と下の子気質っていうか」
「まぁ、甘えても許してくれそうな相手を見分ける能力は人より優れていると思うよ」
「そんなことで胸を張らないでください」
頬杖をついて頬を膨らませながら、「そのギャップも好きですけど」と付け加えられる。もう何でもいいんじゃないか?
ヨウくらいに振り切った変態性を身につければ幻滅してもらえる気がするが……あそこまで他の全てを擲つ気にはなれなかった。
少しの間口をつぐんでいたロベルトが、私からリリアに向き直った。
「リリア嬢」
「は、はい?」
「アニゾクセイとは、何だ?」
「え」
リリアがぱちぱちと目を見開いた。
おお、何だか「異世界転生」っぽいな、こういうやり取り。用語チョイスが残念すぎるが。
本来文明の利器とか食べ物とかでやるのがセオリーだろうに。
リリアは至極真剣な顔をしているロベルトを見上げて……そして、私の腕にしがみついてきた。
「え、エリ様!」
「いや君が言ったんだから君が説明しろよ」
掴まれた手を振り解く。
現代日本でだってしたくない用語解説を何故異世界でしなければならないのか。しかも私は言っていない。
リリアは未練がましくこちらを見ていたが、私が無視を決め込んでいるのを悟り、ロベルトに向き直った。
両手の指を胸の前でつんつんしたり顔を触ったり頭を掻いたりとへどもど忙しなく動きながらも、何とか言葉を発する。
「あの、え、えと、な、何ですかね、あの、ええと、ほら、お、お兄ちゃんっぽい、っていうか、め、面倒見がいい、みたいな、そういう感じ、ですか、ね???」
「隊長は、それに、弱いと?」
「あの、な、何か、そんな感じ? です」
西の国でも思ったがこの聖女、何を教えているんだ。
転生主人公が知識をチートではなく布教に使ってどうする。
リリアの説明を真面目な顔で聞いていたロベルトが、「アニゾクセイ……お兄ちゃんっぽい……」と呟いた。
そして、はっと何かに気付いたように顔を上げた。
「つまり……俺も兄になれば、隊長に勝てる……!?」
「???????」
まったく「つまり」とかいう接続詞で繋ぐのに適切ではない理論を展開し始めたロベルト。
私もリリアもアイザックも、ついていけずにぽかんとしてしまう。いきなりケイデンスを上げるな。
どういう筋道を辿ったらそういう思考になるのか。
まるで重大な事実に気付いてしまった!というような顔をしていたが、一生気づくな、そんなことに。
「俺、父上に掛け合ってきます!」
「待て待て待て」
ロベルトの首根っこを掴んで引き止める。
何をだ。
絶対にやめろ。
もう18になった息子に弟が欲しいと掛け合われる父親の気持ちになれ。
いたたまれなさすぎる。
その後何とかロベルトを丸め込んで勉強会を再開した。国王陛下にはぜひ感謝していただきたい。
金一封とかくれてもいいくらいだ。





