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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第6章 魔女編

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42.本当に、お前は私の何なんだ。

 今まで聞いたことのないトーンの声に、リリアの方を振り向くのが恐ろしくなる。


 本能が逃げろと警鐘を鳴らす。冷や汗が吹き出す。

 外国のホラー映画ではなくて日本のホラー映画のような……じっとりとにじり寄るような恐怖に、知らず知らずのうちに身体が逃げを打とうとしていた。


 その腕を突如、掴まれる。


「エリ様? ねぇ、な、何ですか初恋って。ねぇねぇねぇねぇ、そのはなし、知らない、わたし知らないです、知らない。エリ様?? ちょっと???? わたし、知らない、そのはなし。しらない、知らない知らない」

「怖い!!」


 詰め寄り方が完全にメンヘラのそれだった。

 普通にめちゃくちゃ怖い。勝手にヘラるのをやめてほしい。


 机越しに身体を乗り出して私の目を超至近距離で覗き込みながら、腕に指をぐいぐいと食い込ませるほど握り、さらにどんどんと距離を詰めてくる。


 完全に瞳孔が開き切っている。いくら美少女でもそのガン決まりの顔はまずいだろう。主人公がしていい顔じゃない。

 いや、美少女だからこそより一層鬼気迫っていて、恐ろしさを増幅させている。

 言わせてもらいたい。お前の顔面の方がよほどR18だ。少なくともPG12の顔だ。


 リリアはこてんと首を傾げる。まるで人形の首がひとりでに折れ曲がったような、そんな動きだった。

 首を傾げるという可愛らしいはずのその仕草が、どうしてこんなにも恐ろしいのだろう。


「あれ? あれあれあれ?? わ、わたしも友達、ですよね?? 何でアイザック様だけ知ってるの? わたし知らないのに? ねぇエリ様何で?? 何でですか???? 何で????」


 圧が強い、圧が。

 本当に、お前は私の何なんだ。


 怖すぎるので目を合わせないようにしながら、リリアの肩にそっと手を置いてこれ以上近寄らないようにとやんわり制する。


 とにかく誤解を解こう。怖いからといって変に焦ったり過剰に否定したりすれば、またいらない詮索を産みかねない。

 もう私が多少恥ずかしい思いをするのは諦めよう。そんなもの今この場を乗り切るためには、安いものだ。


「子どもの頃の話だよ。君もお兄様の手紙で知ってるだろ」

「…………ああ、なるほど!」


 君も知ってる話ですよというのをあえて強調すると、リリアが何度か瞬きをして、ぽんと手を打った。

 そして同時に彼女が先ほどまで全く瞬きをしていなかったことに気づいた。怖いよ。


 リリアの瞳に光が戻る。ギラついた色が落ち着いて、やがていつもどおりの美少女が現れた。

 その美少女はにっこりと、向日葵が太陽と間違えて恋をしそうなほどあたたかな笑顔を浮かべ、小鳥の囀りのような愛らしい声でもって、言う。


「わたしのエリ様になる前の話ですね!」

「語弊がある」

「エリ様がわたしに10年越しの恋をする前の話ですね!」

「語弊しかない」


 やれやれとため息をついた。

 表情の変化が激しすぎて温度差で風邪を引きそうだ。

 美少女のハイライトが消えた瞳は恐ろしすぎる。必要以上にハラハラさせられる羽目になるので、もう少し己の表情の管理に気を配っていただきたい。


 しばらく黙ってリリアの相手をする私を眺めていたアイザックが、また言いにくそうに口を開いた。


「今は、どうなんだ」

「ん?」

「今でも、……まだ、その頃の気持ちが」

「私がそんなに一途に見えるか?」


 茶化して笑えば、アイザックが押し黙った。

 初恋も何も、リリアの言葉を借りるとすれば「私になる前」のエリザベス・バートンの話である。私自身には記憶としてすら残っていないのだ。


 それに……この身体のもともとの持ち主である彼女が、私には知られたくないと思っていたかもしれないことだ。

 私は思い出さないまま、知らないままでいてやるのが、彼女へのせめてものやさしさだろう。


 「カイン兄様」には物申したい気持ちがないではないが……私がこの世界で暮らしてこられたのは、エリザベス・バートンだったころの知識と記憶があったからだ。

 差し引きしても、やはり感謝をするべきだろう。


 転生云々の話をアイザックにするわけにはいかないので、そのあたりはざっくり端折って、私は首を横に振った。


「5歳とかの話だぞ。そんな小さい頃のことなんて、ほとんど覚えてないって」

「そういう、ものか?」

「そりゃ、君は頭がいいから覚えてるのかもしれないけどさ」


 きょとんとした顔をするアイザックに、苦笑する。

 そういえば彼は年上の家庭教師への淡い恋心とかなんとか言っていた気がするし、その頃の感情を未だに引きずっているのかもしれない。彼は何となくそういう恋愛をしそうだ。


 だが、私は違う。自分を基準にして人類が皆記憶力がいい前提で話されては困る。

 前世の自分自身についての記憶すら薄らぼんやりしている人間だっているのだ。幼児期の初恋について忘れている人間だっているだろう。

 両方私の話だが。


「覚えてないのにどうもこうもないだろ」

「そう、か」

「そうだよ」


 私の言葉に、ふっとアイザックが口元を緩めた。

 眉間の皺が緩んで、どこか安心したような表情に見える。

 てっきり恋バナがしたかったのかと思ったが……違うのだろうか。



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― 新着の感想 ―
[良い点] リリアちゃんwwwぶっ飛んでますねwww好きですwww [一言] アァァァァアアアアアアイザックめっかわです
[良い点] 更新感謝
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