39.『格好いい』で間に合っていますので
それを黙ってじっと眺めていた先生が、口を開いた。
「……ほんとに困ってんの?」
「ものすごく」
食い気味に即答した。
先生は一瞬目を見開いて私を見て、そしてヨウに視線を移す。何と表現したものか分からない、苦々しいような、歯の奥にものが挟まったような、微妙な顔をしていた。
そしてやがて、やれやれとため息をつく。
「しょーがない。ここはおじさんが一肌脱いであげるとしますか」
先生の言葉に、心の中で諸手を挙げる。
やった。これで私の情操教育への悪影響を心配する必要がなくなる。
礼を言おうと口を開きかけたところで、先に先生が言葉を発した。
「ああ、違った。『兄様』が一肌脱ぎますか、だね」
閉口した。
先生はにやりと笑っているが、いい大人なのだから一度の間違いを引き合いに出して子どもを揶揄うのは感心しない。
もしやボコボコにしたのを根に持っているのだろうか。
私も負けじとにっこり笑って、応じる。
「知ってます? 十年以上前のことを『この間』みたいに話し出したらいよいよですよ」
「可愛くないねぇ」
「『格好いい』で間に合っていますので」
私の言葉に、先生はまたやれやれと呆れたように笑った。
「ま、どこまでやれるかは分からないけど。一旦ウチで預かるよ」
「ご謙遜を。人を導くのはお得意でしょう、先生」
「適当言うなぁ」
そう言って、先生がちらりとヨウに視線を向ける。
ヨウはその視線を受け止めると、ふっと気配を薄くした。
集中しないと読み取れないほど影に溶け込むように存在感を消した彼は、先生の後ろへと移動する。
本当に向こうに着いていく気になってくれたようだ。やっと肩の荷が降りた。ちゃんと面倒を見られないくせに拾ってきたグリード教官には、今度一度文句を言っておこう。
出来たら第一師団できちんと鍛え直して、普通に勝負を挑んでくるように教育してほしい。ついでにドMも直してほしい。
グリード教官の不始末なのに、その被害を私ばかりが被るのはフェアではない。先生もグリード教官のことは知っているような口振りだったし、騎士団関係者の不始末ということで、負担を分担しようではないか。
「じゃ、はいこれ」
「?」
すっきり清々しい気分になっていたところで、先生から小さな金属片を投げ渡される。パズルのピースのような妙な形をしていて、騎士団の紋章が入っている。記されている数字は「1」だ。
どこかで……いや、これは……ゲームで見たことがあるアイテムだ。
「第一師団の詰所の通行証」
先生の顔を見る。
そして手元の金属片に視線を落とす。
ファンディスクの先生ルートで、親愛度を一定以上に上げると手に入るアイテムだ。
これがあると、マップで先生の滞在率が高い「第一師団」を選ぶことが出来るようになる。場所自体は王城の騎士団本部の奥なので、私も近くまでは行ったことがあるが……詰所は隠し扉の向こうなので、もちろん中には入ったことがない。
ふと思ったが、先生ルートのときは主人公は王城にはどうやって出入りしていたのだろう。
王城の中に詰所がある以上、王城に入らないとたどり着けないはずだが、もちろん城の敷地内に入るには衛兵のチェックを突破しなくてはならない。
聖女ともなると王城くらい顔パスなのだろうか。
だがそれでは、王太子ルートで城に入ろうとした主人公が止められることに説明がつかなくなってしまう。
そのあたりの矛盾、シナリオを書いたライターはどう考えていたのだろうか。気づいていないのか、気づいていながらフワッとさせることを選んだのか。
ちなみにロベルトルートではほとんど王城に立ち入るシーンが出てこない。
あいつ、本当に王城に住んでいるのだろうか。





