37.騎士団随一のホワイト師団
「先生」
「……エリザベスちゃんさぁ」
一見すると誰もいないように静まり返った通りで目当ての気配を見つけて、声をかける。
街灯の陰から、するりと抜け出すように人影が現れた。
人影――フィッシャー先生が頭をがしがしと搔きながら、気だるそうにため息をつく。
「何をどうやっておれの気配見つけたわけ? これでも隠密行動してるつもりなんだけど」
「一度覚えた気配は探しやすくなりますから」
「自信無くすなぁ」
彼は芝居がかった仕草でがっくりと肩を落とす。
あまりにわざとらしいので、ただポーズとしてやっているだけでさほど気落ちしているわけでもないのだろう。
「見回りですか?」
「そうそう。お前みたいな悪い子を注意するための、ね」
こちらに向き直って、腰に手を当てて私を睨む。
いかにも先生らしい口調に、お説教の気配を察して思わず口を噤んだ。
「ダメでしょ、子どもがこんな遅くまで出歩いてちゃ」
「警邏のバイトですよ」
「第四師団、どんだけ人手不足なのよ。昼間ならともかく、夜警にまで駆り出すなんて」
淀んだ深緑の視線を沈黙で躱して、肩を竦める。
騎士団の人手不足については一介のバイトに過ぎない私がとやかく言うことではない。
先生に押し付けようとしている不良債権が撒かれずに追いついてきた気配を確認して、本題を切り出すことにした。
「そういう第一師団は人手、足りてます?」
「は?」
先生が目を見開いた。
そして私が何故そんなことを聞いたのか察したらしく、見る見るうちに眉間に皺を寄せていく。
「ダメダメ、子どもがやるような仕事じゃないよ」
「いえ、私ではなく」
私の意図とは異なる含みを読み取ったらしい先生の言葉を食い気味に否定する。
第一師団、私が中二病真っ只中の年頃であったら所属してみたいと考えたかもしれないが、あいにくすでに人生2回目であり、そういった時期はとうの昔に過ぎ去っている。
年頃を過ぎた人間は「何か闇の組織って感じでカッケー!」みたいな理由では仕事を選ばない。
では何を理由に選ぶのかと言えば、定時で帰れて休みが取りやすくて福利厚生がきちんと整っているかを重視する。
大人は黒の組織より白の組織を選ぶのだ。
その点で言えば第四師団は最高だ。シフト制だがきっちり定時で上がらせてくれるし、融通も効かせてくれる。
さすがは騎士団随一のホワイト師団と言われるだけのことはある。
そして仕事の合間にジム(代わりの訓練場)に通う。そんな平穏を私は愛していた。
時々歯ごたえのある相手と手合わせをする程度で、ちょうどいい。
背後を親指で示しながら、私は先生に必要以上に愛想よく笑いかけた。
「ヨウを引き取っていただけないかと」
「は?」
「ノー!」
暗がりからヨウが飛びついてきた。半身をずらして回避してから、一歩後退して向き直る。
私に縋り付こうとしてたたらを踏んだ彼は、不満げに唇を尖らせる。
「何を言うのデス、エリザベス!」
「一度きちんと第一師団で鍛えてもらってこい。諦めるのはその後でいいだろ」
「おいおい……東のお坊ちゃんじゃないの」
先生の纏う気配が変わった。警戒の色が濃くなり、一歩こちらに歩み寄る。
完全に「間合い」に入った。それを察知したのか、ヨウにもわずかに緊張が走ったのが分かる。
「グリードさんが引っ張ってったとか聞いてたけど……何でこんなとこフラフラしてるわけ」
「ワタシはエリザベスの護衛デス」
「付き纏いの被害に遭っていまして」
ヨウの言葉を無視して答える。
先生から滲み出る敵意がより一層濃いものになったことを鑑みると、先生もヨウの話は無視することに決めたらしい。
ニヤついた笑いを引っ込めたヨウの顔をちらりと窺う。
常にその顔をしていてくれた方がよほど仲良くしてやろうという気が湧くのだが。
先生に安全性を伝えるため、ヨウに背を向けて話を続ける。
「気配の消し方は割とうまい方ですし、そちらで捨て駒として使ってもらえれば」
「いやいやいやいや……無理があるって。外交上の問題で安易に殺せないだけで大罪人よ、そいつ」
「そこはほら。先生なら安心してお任せできますから」
そう告げると、先生が探るような目で私を見た。
にこりと微笑みかけて、続ける。
「まさか子ども相手に後れを取ったり、なさいませんよね?」
「残念ながら、挑発に乗ってあげるほど若くないよ」
やれやれと呆れた様子で苦笑される。
設定ではまだ30かそこらだったはずだ。この令和の時代にその年齢で「若くない」などと言おうものなら各所からお怒りのお気持ちが寄せられるだろうが、まぁそこはティーンエイジャーが主役のゲームの世界なので仕方ないのかもしれない。
五十代が「〇〇じゃよ」とか喋らされたりするからな。それよりは幾分マシなキャラ付けだろう。





