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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第6章 魔女編

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36.SだのMだのLだのXLだの

 咄嗟に聞き返した。今度は彼の言葉に驚いたからだ。


 情を抱かせて、どうしようというのか。

 手加減してもらおうということか? 私が殺されてもいいと思うくらいに?


 土台無理な話だ。私は我が身が一番可愛い。我が身可愛さには定評がある。

 自分の命より優先する他人の命など、この世にあるはずがない。


 それともお情けで殺してもらおうという魂胆だろうか。

 それこそ、わざわざ私が介錯してやる義理はない。不要な業などお断りである。熨斗をつけてお返しする。


「アナタに十分情を抱いてもらってから……たとえばアナタに危機が迫ったときに、身を挺して庇ったりして……せめてアナタの心に一生残る傷になって死にたいのデス」

「もうちょっとマシな命の使い方を考えろ」

「考える時間はたっぷりありまシタ。これが今のワタシに出来る最大の、アナタへの復讐デス」


 まったく淀みなく答えるヨウに、閉口してしまう。

 素直に鍛えなおして切りかかってきてほしい。その方がよほど気が楽だ。


「だいたいその論理、初っ端から破綻してるぞ」

「ンー? どこがでショウ?」

「私にはお前と仲良くなる気がない」


 きっぱりと言い切ると、彼が不思議そうに目を丸くする。

 こんなに邪険にしているのに、私に仲良くなる気があると思っていたのだとすればポジティブすぎる。


 もともとのゲームの筋書きから外れ、攻略対象らしい展開もなくただの「敵国のスパイ」という悪役じみた役柄で主人公の前から退場した彼のことを、同じ悪役として憐れむ気持ちはないではないが……情というには浅い感情だ。

 せいぜい手を合わせて「ご愁傷さまです」と言ってやる程度が関の山だろう。


 しばらくきょとんとした顔をしていたヨウが、やがてにやにやとまた含みのありそうな笑みを浮かべる。

 私の顔を覗き込みながら笑うその表情はやはり、狐じみていた。


「デスが、その割にはこうして話をしてくれていマスね」

「…………」

「話をしてくれるだけで、ワタシは嬉しいデス」

「………………」


 閉口した。


 話をしているという割には会話になっていない気がする。

 キャッチボールをする気がない相手との壁打ちを「会話」と呼ぶのならそうかもしれないが……この嫌そうな顔を見てもそんなことが言えるのか。

 言語による対話だけでなく、ノンバーバルコミュニケーションも通じないらしい。


 不機嫌を隠しもしない私を見て、彼はますます笑みを深くした。


「フフ。ムキになって、可愛い人デスね」

「……………………」

「そうやって冷たくされると……興奮しマス」


 ぞわ、と鳥肌が立った。

 話してもダメ、無視してもダメ、ではどうしろというのか。


 どうやっても効果がないどころか、こちらの攻撃で勝手に回復してくる。もはやある意味無敵なのではないだろうか。

 この無敵効果は全く羨ましくないが。何か様々なものを捨てている気がする。人間としての尊厳とか。


 「無敵の人」という単語の意味を初めて実感を伴って理解した気がする。

 失うものがないと人間、ここまで行ってしまうのか。


「ああ、その見下すような目……すごくいいデス。もっと見つめてください」

「……お前、それ、マジで、やめろ」


 嫌悪を通り越して呆れてしまって、思わず立ち止まって彼を睨む。


 SだのMだのLだのXLだの、そういう話に私を巻き込むのはやめていただきたい。

 私には人をいじめて喜ぶ趣味もなければ、人にいじめられて喜ぶ趣味もない。


 筋トレが好きだというとマゾ気質だと思われるきらいがあるが、それは万人に当てはまるものではない。

 少なくとも私はやさしくされたいし、やさしくしてくれた相手にはそれなりにやさしくしたい。

 そういう至って健全な思考の持ち主だ。


 特殊性癖の気はまったくないので、ぜひとも同好の志の皆さんだけで楽しんでほしい。


「普通にしてたら話し相手ぐらいにはなってやるから、付き纏うな」


 ため息をついて、再び歩き出す。

 変態じみた視線を向けられるよりは、普通に口を利いていたほうがいくらかマシだ。


 もう勝手にしろ。それで長生きしろ。やがて老衰で死んでくれ。

 そうすれば彼の計画は水の泡だ。


「フフ。優しいデスね、エリザベス」

「それもやめろ」

「どれデスか? ワタシ、分かりまセン」

「心にもないことを言うやつ」

「本心デス」


 嘘つけ、と吐き捨てながら、夜闇の中歩みを進める。

 この世界の平均寿命とか知らないが、本当に死ぬまで付きまとわれてはたまらない。やはり誰かに引き取ってもらいたいところだ。


「……あ」


 誰か里親はいないかと脳内で検索していたところで、ふと街に溶け込んだ気配を掴み取った。

 ほんのかすかなものだが……間違いない。


 詰め所に向かうのは後回しにして、私は気配の方へと足を向けた。


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