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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第6章 魔女編

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34.学校で先生のことを「お母さん」

 週明けに学園に行くと、教室前の廊下で先生と出くわした。


 顔に痣があったり腕に包帯を巻いていたりはするが、何と驚くことに、自分の力で立って歩いている。

 松葉杖もついていないし、腕も吊っていない。


 そんなまさか、と思った。

 機動力を削ぐために、足から潰したつもりだった。腕だってそうだ。得物を手放させるために、かなり無理な角度で力を入れた。

 骨折までは行かなくとも、ヒビくらいは入っただろうと、そういう手ごたえがあったのに。


 目を見開く私に、先生が苦々しげに息を吐いた。


「さすがに、子どもにやられっぱなしのわけないでしょうよ。関節ぐらい外せないとやってけないんだよね、こっちは」


 その言葉に舌を巻く。

 なるほど、相手が力を加えるタイミングを見極めて関節を外し、その感触を骨を折ったものと誤認させたというのが真相らしい。


 仕留め損ねた相手への対応はイマイチだったが、……さすが、我が国の暗部たる第一師団。

 単独行動を前提としているのもあるだろうが、逃げ延びるための搦め手には長けているようだ。


「ま、それでも勝てないって判断したから、このザマなんだけど」

「はぁ」

「ほーら、じろじろ見てないでさっさと行った行った」


 ぽつりと零すように言った後で、わざと周囲に聞こえるように声を大きくする。

 その声音はどこか気が抜けていながらも教師然としていて、彼がこの話は終わりだと言っているのが暗に伝わってきた。


 「勝てないと判断した」という言葉の外に含まれているのはおそらく、「『生かしておけない』は撤回する」という意図だろう。

 もし今も私を始末するつもりなら、また挑んでくるか、第一師団の他の人間が私のところに派遣されたりするはずだ。


 他に動きがないのはつまり――私がお利口(・・・)にしている以上、これ以上手を出すのは割に合わないと踏んだのだろう。

 それならば私も、知らないふりに付き合ってやるか。


 最後のオチまで含めて、楽しませてもらった。

 口止め料は十分に体で払ってもらったと言えるだろう。


 できればこの「からくり」を知った後でまた、手合わせ願いたいものだが……黙っていてやるのだからそのくらい吹っ掛けても、飲んでくれるだろうか。


「ねぇ、エリザベスちゃん」

「はい、カイン兄さ、」


 ま、という口の形でもって、私は停止した。

 先生もぽかんとした顔で停止している。いや、それはそうなるだろう。


 考え事をしているところに呼びかけられたものだから、つい咄嗟に返事をしてしまったが……これは、ない。

 さすがに、ない。


 学校で先生のことを「お母さん」と呼んでしまった時のような羞恥心がこみ上げる。

 まさか高校生になってやらかすとは思わなかった。この間違いが許されるのは小学生までだろう。


 周囲にはそれなりに生徒もいる。

 聞かれていないことを祈りながら、私は頬に集まった熱を気取られないよう、視線を伏せる。


「……そういえば、そう呼ばれていましたね、私」


 さっさと踵を返すと、唖然としたままの先生を置いて、足早にその場を立ち去った。


 今までもともとのエリザベス・バートンに対して感謝することはあれど、恨むことなどなかったが……今回は少々恨めしくなった。


 せめて普通に、「カイン様」とか呼んでいたらよかったのに。よりによって「兄様」と来た。

 いくら前世から合算すれば思春期をとうに通り過ぎている年齢とはいえ、今世の私は高校生だ。思春期にこの間違いは恥ずかしすぎる。


 そして同時に思う。昔のように……おそらく幼女だった時のように呼びかけられて、咄嗟にその時の呼び方が出てしまうくらい、それがカーテシーや礼儀作法のように身体に染みついているくらいに……過去のエリザベス・バートンにとっては、「カイン兄様」の存在は身近で、当たり前のものだったのだろう。


 もしかして、だが。私がその「カイン兄様」との記憶をまったく思い出せないのは……彼女が、本物のエリザベス・バートンが。その記憶を他人の私には触らせたくないからと、もともとあったところより奥深くにしまい込んだからなのかもしれない。

 そのくらいに彼女にとって、大切な記憶だったのかもしれない。


 自分で言うのも何だが、幼女時代のエリザベス・バートンはかなり貴族らしく、聡明な部類に入る女の子だったはずだ。

 その彼女が本当にすべて「忘れてしまった」のか。それが私にとっては少々、疑わしく思えた。


 私という人格になってすら身体に染みついているものを、本当にすべて忘れてしまっていたのか。

 本人がここにいない以上、真相は分からないが……ここはやさしい世界だ。


 たとえば彼が主人公と何やかんやあって幸せになった後の世界線で、いずれトラウマの元凶と和解するとか。

 ルートとして描かれない裏の部分で、そういうことも起きていたのかもしれない。

 その方がストーリーとして、救いがあるのではないだろうか。


 まぁ、突き詰めれば今の私の話ではないので、知らんけど。

 「和解せよ」と言われたら、フリくらいはしてやってもいいだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「カイン兄様」???????? パワーワードすぎてヨダレ出るかと思いました。 エリザベスさんカワイイが過ぎますねやってますね!!
[良い点] 更新感謝
[良い点] エリザベスと本物のエリザベスちゃん、めっちゃ可愛いですね!!! 学校で先生のことを「お母さん」と呼び間違えるんだなって、思いながら読んでいたのでとても不意打ちをつかれました!めっちゃ可愛い…
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