33.もっと違うタイプの悲しきモンスター
何となく黙っているのも座りが悪かったので、話題の転換を図る。
「いやはや、しかし、あんなに校舎を壊すなんて、魔女というのはとんでもないなぁ」
「…………」
一瞬でアイザックの視線が冷たくなった。どころか白い目で私を見ている気がする。
それが親友に向ける目か、お前。
肩を竦めて文句ありげな視線を躱すと、話を戻す。
「本当に助かったんだって」
「……本当に?」
「ほんとほんと」
軽口めかして話しながら、階段を降りる。
時計を見ていないが、月がだいぶ上まで昇ったらしい。窓から差し込む光が減ったせいで、先ほどよりもずいぶん暗く感じた。
「先生と二人きりも気まずかったんだ。ほら、あの人ロリコンの気があるし」
「ろっ」
ガシャン、と音がした。
振り向くと、アイザックが手に持ったカンテラを落っことしている。
大した高さから落としたわけではなかったので、幸い壊れてはいないようだ。
消えそうになった火に慌てて息を吹きかける。灯りなしに階段を歩くのは出来れば避けたい。
何とか火を復元した私の肩を、アイザックが掴んで揺さぶる。
「まさか、何かされたのか!?」
「されるわけないだろ」
どういう心配だ。
本物の幼女であった頃はさておき、ロリコン淫交教師が今の私に何もするわけがない。
どう見てもロリコンの食指が動くような身成りをしていない。ショタコンだって私になど見向きもしないだろう。
元幼女だっただけでOKなのであれば、当たり判定が広すぎる。それはもうロリコンではない。
もっと違うタイプの悲しきモンスターだ。
そういう趣向の人間が好むのは、リリアやクリストファーのような容姿の人間だろう。
あの2人の可愛らしさは正直言って危険だ。そう言った趣味でない方までそちらに引きずり込みかねない「力」を感じる。
アイザックにカンテラを任せてまた落っことされては敵わない。
カンテラを片手に先導しようとするが、アイザックはその場に立ち止まったままだ。
教師というのは一種の聖職である。彼は真面目なので、そんな職業に就いている人間がロリコンだと知ってショックを受けてしまったのかもしれない。
だが安心して欲しい。今のところ彼はまだリリアとどうこうなっていない。
補講で多少親愛度は上がっただろうが、今日のイベントらしき出来事もリリア不在の状態で発生した。
まだ未遂だ。ギリギリのところで踏みとどまっている。
確かにロリコン淫行教師の疑いがあるが、疑わしきは罰せず。まだ慌てるような時間じゃない。
早く来いと視線でせっつきながら、必要以上にひっかぶせてしまった先生の汚名を少しだけ訂正しておく。
「お兄様曰く、私の初恋の人らしいから。向こうが覚えていたら気まずいなって、それだけだよ」
「は?」
アイザックが口を開け放した。
眼鏡の奥で長い睫毛を見せびらかすように何度も瞬いて、私を見る。
階段のせいで普段よりも上の方にある彼の瞳を見上げて、早く来いと再度せっつくが、彼はそこに突っ立ったままだった。
「……初恋?」
「うん。私は覚えてないんだけどね」
「お前が?」
「うん」
「フィッシャー先生に?」
「うん」
呆然とした顔で硬直しているアイザック。
やれやれ、私だって年頃の令嬢だ。甘酸っぱい初恋の思い出の一つや二つあったくらいで、何故そうも驚かれなくてはならないのか。
まぁ私自身は全く覚えていないのだが。
堅物馬鹿真面目のアイザックが恋を知っているというくらいだ。軟派系騎士様の私がそれを知っていたって、何もおかしくないだろう。
何もそんな、まるで天変地異でも起こったかのような顔をしなくてもいいはずだ。
「ほら、早く帰ろう、アイザック」
いよいよ業を煮やして言葉で促すと、彼はのろのろと歩みを再開した。





