32.何だ、その目は。
「バートン!」
足音とともに黒縁眼鏡をかけていそうな声が近づいてきた頃には、私と先生の交渉は終わっていた。ナイスタイミングだ。
アイザックは宿直の用務員と、どこから引っ張ってきたのか騎士を何人か連れてきていた。
用務員がえぐれた壁を見て小さく悲鳴を上げる。
騎士のうち数人は近くの壁にもたれて座っている先生に駆け寄って事情を聞いていた。
残りの騎士は割れた窓ガラスと私の腰に佩いた剣を確認すると、じとっと白い目を向けてくる。
何だ、何が言いたい。
そして物言いたげな視線を向けてくるくせに、どうして私には誰も事情を聞かないのか。しっかり説明してやるのに。
顔をよく見れば、いつも世話になっている第四師団の騎士だった。
警邏で街を回っているところをアイザックに捕まったというところか。
私の実力をある程度知っている人間からしてみれば、先生がボロボロでも私がピンピンしている時点で疑問しかないのだろう。まぁ、それはそうかもしれない。
先生がきちんと私との申し合わせ通りの内容――先生と私が魔女を捕らえようとしたところ、魔女が暴れたため校舎が壊れ、こちらも善戦したが私を庇った先生が怪我を負った隙をついて逃げられた、というものだ――を話してくれたが、用務員以外の全員の疑いの眼差しは私に向いていた。
だから何だ、その目は。
こんなことならもっとやられたフリをしておけばよかった。
だが状況証拠がいくらあっても、確定的な物証は何もない。
無事「お前がやったんだろ」などといちゃもんをつけられることなく、騎士たちと用務員は先生を担架に乗せて撤収して行った。
私たちも帰ろうと、アイザックと連れ立って校舎を歩く。
「助かったよ、アイザック」
「いや、結局僕は何も……」
「そんなことないさ」
私が礼を言うと、彼は気まずそうに目を逸らした。
彼は約束通りに人を連れて助けに来た。それなのにどうして気まずそうにするのか、理由が分からない。
私だったら人を寄越して自分は安全なところで待機するのを選択するだろう。家とか。
そうしないところは律儀というか、馬鹿真面目というか……アイザックらしい選択だ。
「どのみち先生は医者に診せないといけなかったし。君が人を呼んでくれて助かったのは事実だよ」
「そう、か」
「ありがとう、アイザック」
私の言葉に、アイザックが顔を上げる。
小難しそうな眉間の皺を消して、彼がわずかに口元を緩めた。
どこか安心したようなその表情に、今度は私が気まずくなった。
慌てて駆け付けた彼の、余裕のない表情を思い出す。
そもそも私が「勝てないかも」みたいな思わせぶりなことを言ったために、情に厚い彼は心配してくれていたのだろう。
結果は圧勝だったのだが。
仕方ない。磨き上げた強さには自信があるが……私は我が身がいちばん可愛い。あまりにも我が身が可愛い。
だから少々のリスクを少し大げさに見積もった感は否めない。
羆と引き分けたのだからちょっとやそっとのことで心配するなと散々周囲の心配を無用と断じていたが、何のことはない。私だって結局のところ、心配性なのだろう。
いや、あまりに過剰な心配をしてくる周囲の人間のせいで、だんだんと感化されてしまったのだろうか?





