31.怒られたくない。絶対に怒られたくない。
「先生、どうします? 医者呼びますか?」
地面に倒れた先生に声をかける。
彼はわずかに首をもたげてこちらを一瞥しただけで、返事をしなかった。情けは無用、ということだろうか。
まぁ、必要ないのであれば押し売りをするつもりはないのだが。
必要があれば聖女に頼んで治してもらえばよい。
そして治療を通じて何となくいい雰囲気になったりなどして、乙女ゲーム的なあれそれを経てあのトンデモお騒がせ聖女を引き取ってほしい。
それとも実は食らったフリをしているだけで、反撃の機会を虎視眈々と狙っているのだろうか。
それならもう少し、歯ごたえがあったのだが……見た限り、その期待は薄そうだ。
殺す気で来ている相手に手加減してやるほどおおらかな性格はしていない。
むしろ殺そうとした相手の反撃を喰らったのだ。殺されても文句は言えまい。
それが骨の1本や2本や3本や4本で済んだのだから、めっけものだろう。
倒れた彼を観察しているうち、ああ、そういえばこんなスチルがあったな、と思い出した。
主人公を攫いに来た敵に、彼がぼこぼこにされてしまうイベントだ。
ロイラバ内最強の呼び声高い彼だが、主人公を人質に取られて、反撃できなくなってしまうのである。
今実際にやり合った彼の戦闘力を考慮するならば、正直相手の虚をついて主人公を助けてから反撃することも十分出来たと思うのだが……女の子は皆、傷ついたイケメンが大好物なのだ。
乙女ゲーム的な展開ではこうなるのも仕方ない。
万一の場合のリスクを取ったのだと思うことにしよう。
そのくらいに主人公が大切だったのだということにしよう。
女の子は皆、普段だらけている男が、真面目な顔で必死になっているのも大好物なので、やむを得まい。
リリアこそいないが、今の彼はそのスチルに良く似ていた。
場所も夜の学校だし、口の端が切れて血が出ているところも、スチルのとおりだ。
それなら……私はやはり、悪役か、と思った。
どうもこのやさしい世界、悪役が圧倒的に不足しているらしい。
ファンディスクのイベントに無印のモブ同然の悪役を引っ張り出してくるとは、人材不足も甚だしかった。
早く本当の悪役である魔女に、その役目を引き継ぎたいものだ。
そこではたと思い至った。そうだ。これ、魔女の仕業と言うことにしてしまおう。
夜の校舎の窓ガラスどころか壁まであちこち壊してしまった。普通に器物損壊だ。
親に言いつけられたらグレたと思われてしまう。
武器を向けられてのことなので正当防衛とはいえ、過剰と言われて何らかの罪に問われる可能性もある。
一部始終の目撃者もいない。今の私と先生を誰かが見つけた場合、どう考えても加害者は私と思うだろう絵面もまずい。
無我夢中だったんですと泣き真似をするくらいはしたっていいが、それでどれだけの人間が騙されてくれるかは疑問である。少なくとも家族には通用しまい。
怒られたくない。絶対に怒られたくない。
その思いが脳内を支配した。
ここは全部、本物の悪役に引っかぶせてしまおう。魔女を追いかけての捕り物で起きたことだと口裏を合わせてもらおう。
そして何ならほとんど先生が壊したことにしてもらおう。勝ったのだから、そのくらい吹っ掛けてもいいはずだ。
「先生、取引をしましょう」
私はにたりと笑って、地べたに這いつくばる彼に持ちかけた。





