28.怖い夢
「考えてみれば当たり前だよねぇ。血まみれの男が、暗闇の中でこっちを見てさ。血がべったりついた手を伸ばしてくるんだ。そりゃ、子どもは泣くし、逃げるよねぇ」
顔の表面だけで、へらへらと気の抜けるような笑顔を形作る。
だがそれとは反比例して……彼の全身からは、おびただしい殺気が広がっていた。
いや、殺気というよりも……死の匂い、といった方が近いのかもしれない。
ゲームの中では、守った相手に怖がられてしまったという設定だった。
任務の詳細は知らないが……彼の言う「あの日」の彼の行動は、私たち公爵家の人間に害が及ばないようにと取った選択の結果だったのだろう。
討ち漏らした敵を必死で追いかけて、なんとか始末し……そこで向けられたのが恐怖の視線と化け物扱い。
トラウマまでは行かなくとも、いい気はしなくて当然だろう。
「本当は、見られた時点で始末しなきゃならなかった。でもま、おじさんも若かったからさ。その時はまだ……懐いてくる子どもを始末するだけの覚悟がなかったんだよねぇ」
懐いている子ども、と言われて、我が身を顧みる。
お兄様曰く「カイン兄様と結婚する」とかなんとか言っていたようだし、領地に行くたびに面倒を見てもらっていたらしい。
その時点の私は5歳か6歳。先生だって今の私と大差ない年齢だろう。その覚悟が出来ていなくても、不思議はない。
常人であってもそうなのだから、ロリコンであれば尚更だ。
というかさすがに5歳か6歳の懐いてくる子どもをあっさり葛藤せずに殺せるタイプは、サブとはいえ攻略対象にはなれないだろう。
このゲームは基本的に、やさしい世界だしな。
「幸い、可愛い可愛いエリザベスちゃんは、ショックで何も覚えていなかった。何か怖い夢を見たけど、その内容は忘れちゃったってさ」
パズルのピースがはまっていく。
私はお兄様の手紙を思い出していた。
領地に行っていたときに、「怖い夢を見た」と言って夜遅くにお兄様に泣きついたことがあったと。
そして翌日には……その夢の内容を、忘れてしまっていたと。
それがつまり……先生の言うところの、「あの日」のことだったのだ。
幼いエリザベス・バートンが見た夢というのは、自身が憧れていた「カイン兄様」が何者かを殺める姿だったのだろう。
そしてその出来事にショックを受けたエリザベス・バートンは、「カイン兄様」の記憶と共にすべてを無意識の奥底に封じ込めたのだ。
今この話の全貌を聞いても、まったく思い出せないくらいに、深いところに。
「それをいいことに、当時のおじさんも何も起きなかったことにしたんだ。その場には誰もいなかった、見られなかったって、そういうことにしたんだ」
すぅと、周囲の温度が下がった気がした。
先生の、黒に近い深緑の瞳が、私を捉える。
次の台詞は、想像がつく。というよりこれもお約束の一種だろう。
今このタイミングで、そんな昔話を私にすることに、意味があるとは思えない。
私は忘れたふりをしてやろうと言っているのに、わざわざ一から十まで懇切丁寧に説明してくれた。
それが意味するところは……つまり。
「けど、覚えているなら……悪いけど、生かしておけないなぁ」





