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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
第2部 第6章 魔女編

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27.どの日だよ。

 あの日。

 ……あの日?


 どの日だよ。


 記念日クイズを出してくる彼女でもあるまいし、もう少し具体的な物言いをしてほしい。

 せめてヒントが欲しい。さもなくばライフラインを使いたい。オーディエンスに尋ねさせてくれ。


 シリアスな声音で言っていただいたところ大変申し上げにくいのだが、まったくもって心当たりがない。

 だが相手は「覚えているな」とか完全に決めつけてかかっている。


 心からの疑問を呈したところで、忘れたフリをしてとぼけていると思われるのが関の山だろう。

 しかし本当に分からないのだ。


 分かるのは……というより、想像が及ぶのは。

 「私」になる前のエリザベス・バートンが、このカイン・フィッシャーという男を「カイン兄様」とか呼んで慕っていたはずなのに、その記憶をすっかりなくしていることと何か関係があるのではないか、ということだけだ。


 そこまでコンマ5秒で考えて、結局私は正直に、知らない旨を伝えることにした。

 覚えているくせに忘れたフリをする往生際の悪いやつを演じることにした。


 きっととぼけたフリをしていると思って、「忘れたとは言わせないぞ」とかなんとか、本当のところを話してくれるに違いない。


 そんなもの本当に忘れたフリをしているだけだと思っていたらわざわざ話す必要もないだろうに、こういう場合はそれがお約束なのだ。

 サブとはいえ攻略キャラクターだ。私は先生がお約束を解すタイプの人間であることに賭ける。


「何の話でしょう」

「とぼけなくていいよ」


 私の言葉に、先生が薄く笑った。

 口調はいつもの、気だるげな担任教師である彼と近いものだったが……やはり、冷え冷えとした突き刺すような響きを孕んでいる。


「あの日……バートン領でおれが『仕事』をしてるとこ、見ちゃったでしょう」

「『仕事』?」

「そ。お前も小さかったけど、おれも若かったからね。トドメを刺し損ねた相手を追いかけて、必死になって。気づかなかったんだ。たまたま起きていた女の子が、屋敷を抜け出して……全部見ていたなんて」


 私は思い出していた。

 エリザベス・バートンとしての記憶を、ではない。前世の記憶を、だ。


 先生ルートでは、彼の過去についても明かされる。

 先生で騎士団の暗部、第一師団所属。しかも脱力系年上キャラ。攻略対象には外せない「暗い過去」というやつが、彼にもふんだんに盛り込まれている。


 彼は自分を汚れているから、主人公と結ばれるべきではないと語って主人公を突き放す。

 それにはもちろん実際に手を汚しているから、相手が清らかな聖女であるからということも理由であったが……若かりし彼の経験がトラウマとなって、彼を必要以上に憶病にしていた、という設定だった。


 そのトラウマとなった経験というのは……守った相手に「怖い」とまるで化け物のように扱われて、手ひどく拒絶された、というものだ。

 それが原因で彼は人と深く関わることを避け、一線を引いて人と接するようになる。


「まだ青かったから。結構傷ついたなぁ。『嫌だ、来ないで』『怖い』って言って、泣かれちゃってさ」


 先生は自嘲するように笑う。

 相変わらず感情のこもっていない声音だが、ゲームの設定から考えて、これはおそらく彼の本心と非常に近いところにある言葉だろうことが推測できた。


 そして、私は得心した。

 ああ、なるほど。彼の心にトラウマを植えつけたのは――幼き日のエリザベス・バートンであったのか。


 それはなんとも、悪役らしい過去である。


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