23.喧嘩を売っているのか、その睫毛は。
今回の更新で400話目になりました!
途中閑話とか番外編が挟まりまくっているので正確ではないですが、でもまぁ400は400なので……(?)
ブクマ・評価・感想・いいね・誤字脱字報告もいつもありがとうございます。励みになっております。
小話のリクエストのアンケートにも回答ありがとうございます! 10/31でいったん締め切ろうと思うので、まだの方はぜひお願いします~!
時刻は夜7時過ぎ。
生徒は7時までに学園を出る決まりになっているため、生徒会室を出ると廊下も教室も明かりが落ちて、しんと静まり返っていた。
アイザックの用意したカンテラを手に、廊下に歩み出る。
気配を探るが、ほとんど人の気配は感じられなかった。
思ったよりも暗い。廊下の窓から月明かりがわずかに差し込んでいるが、今日の月は三日月――三日月と言われてイメージする「三日月型」よりも本物の三日月のほうが細いらしい。今夜はその細い方の三日月だ――というのか、ずいぶんと細身だ。
さほど光が強いわけではないので、手元のカンテラが頼りになるだろう。
そういえば「上弦の月」とか「下弦の月」とかいう表現があるが、あれを「思っている向きと逆の半月」と覚えていたところ、そもそも何の逆だったのかわからなくなってしまった。
人間の認識というものは曖昧なものだ。
廊下をしばらく歩いたところで、半歩後ろをついてきていたアイザックがおもむろに口を開いた。
「バートン」
「何だよ」
「こんな時間に、男女が二人きりというのは……やはり、その……不純異性交遊に当たるのでは」
どういう理屈だ。
こんな時間も何も、まだ夜の7時、夕飯時だ。生徒の最終下校時刻は過ぎているだろうが、一般的には「夜遅い」とは言い難い。
女性が苦手で馬鹿がつくほど真面目な眼鏡キャラとしては徹底したキャラづくりと言えなくもないが……これはもはや真面目というより堅物だな。
価値観が昭和を通り越して明治だ。
だいたい男女が二人きりでいることが不純異性交遊にあたるのだとしたら、夜よりも朝早くに一緒にいるほうがよほど「不純」な気がする。
「午前様」よりも「朝帰り」の方が怪しいと思うのだが。
「騎士団の夜警と一緒だよ」
「そう、か?」
呆れ果てた私の声に、アイザックは一度頷き掛けたが、やがて再び言葉を重ねる。
「いや、しかしそもそも騎士団は男しか」
「シッ」
彼の唇に人差し指を押し当てる。
私の気迫に押されたのか、アイザックが口を噤んだ。
沈黙が満ちると、感覚が研ぎ澄まされていく。一瞬感じたわずかな気配を、鋭敏に感じ取れるようになる。
わずかに人の気配があったのだ。
誰もいないはずの、校舎から。
まだ、距離がある。
相手からこちらは視認できていないはずだ。だがこのまま廊下で突っ立っていては、見つかって先に逃げられるかもしれない。
出来るだけ引きつけて……こちらが姿を見せるのは、捕まえる直前にしたい。
カンテラに覆いを掛けて、固まっているアイザックの腕を引き、一番近くの教室に転がり込む。
そして教卓の下に潜り込み、彼を引っ張り込んだ。
「お、まえ、何を、」
「静かに」
見開かれたアイザックの赤褐色の瞳が、眼鏡越しにすぐ目の前にある。
至近距離で見ても睫毛が長い。どういうことだ、喧嘩を売っているのか、その睫毛は。
アイザックも華奢とはいえ170センチ越えの男だ。
2人で入るには教卓の下は狭すぎた。彼は尻餅をついてへたり込むような姿勢になっているし、私はその上に覆いかぶさって彼を押しつぶすような態勢だ。
しまった。反射的に引っ張り込んでしまったが、アイザックは適当にロッカーにでも詰めておけばよかった。
一人ならロッカーでも余裕を持って入れるはずだ。
だが、気配が徐々にこちらに近づいている。今更アイザックをロッカーにしまって戻ってくるわけにもいかない。
このまま待つしかないだろう。





