38.脳天に雷が落ちたような衝撃
「これはさすがにおかしいのではないかな?」
「これと言いますのは?」
「私がきみの前に座っていることだ!」
背後に座っている私を見上げて、殿下が抗議の声を上げる。
私と殿下は、愛馬お嬢さんの背に乗っていた。殿下を前に座らせて、後ろにぴったりくっつくくらいの距離で私が座り、手を殿下の前に回して手綱を握るというスタイルである。
もちろん馬を走らせるのは私で、殿下はただ座っているだけだ。至れり尽くせりだと思うのだが、文句の多い王子様である。
「私のほうが馬に慣れていますので、こちらのほうが合理的ですよ」
「私が後ろでもいいだろう!?」
「ご冗談を。目の届かないところで何かあったら、私の首が飛びます」
私の方が背が高いので、殿下が前に座っていてもまったく視界に影響がない。それどころか、立っているときの身長差以上に殿下の頭が下の方にある気がする。
……もしかしてだが、胴の長さと足の長さの比率的に、私の胴が……
いや、考えるのはやめよう。
相手は攻略対象だ、スペックがチート級なのは今に始まったことではない。
こんなことでいちいちショックを受けていてはこの先やっていけない。軽く頭を振って、意識を切り替える。
「細かいことは良いではありませんか。私にエスコートさせてください」
私がわざとらしくウインクをすると、殿下はわずかに視線を泳がせ、ふんと小さく鼻を鳴らした。
「ずいぶんと気障なことをするな」
「坊ちゃんには言われたくないですねぇ」
ゲームの中の王太子殿下を思い出し、私は苦笑いをしてしまう。
王子様キャラだけあって、歯の浮くようなセリフを湯水のごとく主人公に浴びせかけていた。
甘い声も相俟って、「脳が溶ける」とか言われていたというのに。
あと数年で、彼もそうなるのだろうか。
「坊ちゃん!?」
また殿下が目を剥いて私を振り返る。
滅多に声を荒げるタイプのキャラクターではなかったはずだが、やはりそこはまだ15歳、ゲームの彼より若いのだろう。
「街の人の前で『殿下』と呼ぶわけには行きませんので」
気持ち程度の変装として、ぽんと殿下の頭に私の制帽を被せてやった。
やっと前を向いた殿下を連れて、私はお嬢さんに進むよう指示を出した。殿下は大人しく馬の背に揺られながら、周りをきょろきょろ見回している。
街が近づくにつれ、人が増えて来る。警邏の時によく見かける顔もちらほらといた。
「騎士様~! 今日も素敵~」
「子猫ちゃんたち、今日も美しいね」
「きゃあ~! こっち向いて~!」
「ふふ、ありがとう」
「…………」
道端からかかる声に手を振り返していると、すぐ前から視線を感じた。
殿下が眉と目の間を近づけて、私を上目遣いで睨んでいる。
「……きみ、騎士ではないのか?」
しばらく無言ののち、彼は妙に低い声で問いかけてきた。脳を溶かす甘い声はどこへ行ったのだ。
私は実際のところ騎士ではないので、とりあえず曖昧に返事をしておく。
「まぁ、騎士団候補生の教官の末席にはおりますね」
「それにしては、ずいぶんと軟派な真似をするんだな」
ナンパ。軟派。
その言葉に、私は脳天に雷が落ちたような衝撃を受けた。
軟派な騎士、それ、良いのでは?
ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告等くださるみなさま、そして読んでくださっているみなさま、ありがとうございます!
見て下さっている方はお気づきかもしれませんが、ほぼストックがなく自転車操業でヒィヒィ言いながらも、応援いただいてなんとか一週間、1日2回更新をやり遂げることが出来ました。
次は、ブクマが金・銀のポ○モンの数を超えたあたりで何かできたらいいなと思っています。
明日からは1日1回更新に戻りますが、変わらず応援いただけますと幸いです!





