22.眼鏡を割られて終わりの気がする
せっかく終わった気になったものを再び勉強モードに戻す気にはなれず、食い下がる。
「もう暗くなるし、君もそろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「いや、僕は……暗くなってから、一度学園内を見回っておこうと思っている」
「見回り?」
彼の言葉を繰り返した。
学園内の見回りは先生の仕事だろう。さすがに生徒会長とはいえ、そんなものは業務に含まれていないと思うのだが。
もしや夜の校舎に忍び込んで窓ガラスを壊して回る不届き者でも現れたのだろうか。
いや、その場合、アイザックが行っても何にもならないだろう。眼鏡を割られて終わりの気がする。
首を傾げる私に、アイザックがしばらく言いにくそうにして、口を割った。
「魔女が現れたという噂があるんだ」
その言葉に、目を見開く。
魔女。最近よく聞く名前だ。
騎士団が本腰を入れて探しているのに捕まえられない……幻のように消えてしまうのに、魔女に会ったという人間だけは増えていく、都市伝説じみた存在。
それが、この学園に?
「魔女って、あの街に出てるっていう魔女と、同じ魔女か?」
「分からない。だが、この王都に魔女が複数いると考えるよりも……同一犯と考える方が自然だろう」
彼の考えを聞いて、頷いた。
これまで噂話にすら上らなかった「魔女」という存在が、街でも学園でも突然現れている。ここは学園という箱庭ではあるが、位置としては王都の一角だ。
同じ「魔女」が街だけではなく学園にも足を伸ばした、と考える方が確かに自然に感じる。
「2名の生徒が魔女に会ったと言っている。だが本人の証言以外に物証は何もないし、目撃者もいない」
「それは……微妙だな」
「ああ。状況がはっきりしない以上、現時点で騎士団に捜査を依頼することが適切とは言い難い。まずは僕の出来る範囲で見回ろうと思っている」
私の言葉に、アイザックが頷いた。
出会ったからといって怪我をするわけでも、機材が壊されているわけでもない。
さらに証言の数も2人では悪戯や勘違いの可能性を打ち消すにはどうにも心もとない。
そもそも街に現れる「魔女」だって被害が増えてきてやっと騎士団が本腰を上げたくらいだ。
しかも騎士団は街での魔女探しにてんてこ舞いで、私のシフトが増やされるくらいには忙しい。
助けを求めやすい状況ではないし、助けを求めたところですぐに対応が期待できるかというとそうでもないだろう。
かといって、街での魔女被害のこともある。このまま放置して学園でも被害が広がることは避けたいはずだ。
せめて何か目撃するか、物証を得るか。
その辺りを目的に据えたのであれば、か弱いアイザック1人の見回りでも用は足りるかもしれない。
「目撃情報があったのって、何時ぐらい?」
「どちらの生徒も、日が落ちたころ……夜の7時を回ったくらいだったはずだ」
時計を見る。現在は6時を回ったところだ。暦の上では秋に入って徐々に日が落ちるのは早くなっていたが、まだ窓の外には夕焼けが見えている。
中世ヨーロッパ的世界観だが、サマータイムとかそのあたりどうなっているのだろう。
特に時計を早めたり遅らせたりしているのは、見たことがないが。
「だからお前もそれが終わったら、日が落ちないうちに早く帰れ」
「いや、私も付き合うよ」
「は?」
彼が眼鏡の奥で瞳を丸くした。
頭がいいのだから、この話の流れで私が言いそうなことくらい想像がつくと思うのだが。
「お前を巻き込むつもりは」
「何、奉仕活動の一環だ」
私がにやりと笑うと、彼がみるみる眉間に皺を寄せて、難しい顔になっていく。
どうやら私がやたらと協力的なので何か企んでいるのではないかと疑っているらしい。
企むも何も……私は「魔女」とやらの正体に興味があるだけなのだが。
「というかそういう仕事なら君より私の方が適任だろ? もし君が一人で魔女と行き会ったら、捕まえられるのか?」
「それは……」
正論をぶつけてやれば、アイザック自身もそれはもっともだと思ったのだろう。もごもごと口ごもる。
そしてちらりと私を見上げて、蚊の鳴くような声で言う。
「だが、お前に何かあっては」
「心配ないよ。それに」
ほとんど降参しているような声音の彼に、私は悪戯めかしてウインクを投げた。
「絶世の美女らしいからね。会ってみたかったんだ、魔女」





