34.ニューヨークへ行ってしまうタイプの王子
馬車を降りたのは、大きな広場のような場所だった。
おそらく何かしらの偉業を達成したらしい人物の石像があり、その周りに美しい花々が咲き誇っている。
水路があちこちに通っていて、水資源に恵まれているらしいことが分かった。殿下の話では水路を舟で移動することもあるという。
広場を中心に豪奢な建物が建ち並んでいた。
大聖堂、劇場、時計塔、競技場、ダンスホール。王都に来てから王城の中だけで過ごしていたので、どれも初めて見るものばかりだ。
建物や空気一つとっても「異国」という感じがして、何とも物珍しい。いや詳しいことは知らんけど。
普段と違って、お忍びで出かけているわけではない。
西の国の騎士たちの案内のもと訪れたこの広場は、基本的には貴族しか立ち入れないエリアだという。
ここですら異国情緒を感じるのだから、街中はどんな感じなのだろう、と興味が湧いた。
土産を調達する必要があるので、そのうち抜け出してみるのも良いかもしれない。
海外旅行でも、街中のスーパーとかで何が書いてあるのか全く分からない食べ物を買うのがまた面白かったりするものだ。
ここなら言語の心配もない。
「あれは図書館だね。昔はこっちにも宮殿があって、それを改装して使っているらしい」
私が向いている方角にある建物について、殿下が説明してくれる。
黒くて噛みきれないタイヤ味のグミのことを考えていたとバレたら怒られるのが目に見えているので、適当に頷きつつ、じゃああれは何ですかと建物に興味があるかのような質問をしておいた。
しばらく観光ガイドの真似事をしていた殿下が、やがてふっと口元を緩める。
「何だか、昔と逆だね」
「逆?」
「初めて街に連れ出してもらった頃……きみに街のことを教えてもらってばかりだった」
「はぁ」
教えたと言うか、あれがパン屋であっちが手芸屋、あのおじいさんは捕まると長いから逃げましょうとか。軽く説明した程度だったと思うのだが。
そんなことを良く覚えているものだ。私などついさっき聞いた説明すら右から左だというのに。
「ねぇ、リジー……あの時から、私は」
「エディ!」
声がして、振り向いた。
振り向きざま、咄嗟に護衛対象の殿下を背後に庇う。
声の主らしい、金髪ツインテールの女の子がこちらへ向かって駆けてくるところだった。
少し吊り目だが、大きくてまんまるの金色の瞳、ばっちりふさふさの長い睫毛。目が覚めるような美少女だ。
白と桃色を基調にした膝丈のドレスがよく似合っている。そこから覗く白いふくらはぎがなんとも眩しい。
見るからに……というか、このエリアに立ち入っているからには貴族の子女だろう。
後ろから女の子を追いかけてきているのは護衛だろうが……その服装に見覚えがあった。
あれは、王女様の護衛が身に付けていたのと同じ制服だ。
護衛も含め、こちらに敵意がないのを確認して、警戒を緩める。
女の子は私には目もくれず、後ろにいる殿下に熱い視線を送って走り寄って来た。
「エディ! ひどいわ! こっちに来ていたのに会いに来てくれないなんて!」
「……やあ、マリー嬢。いずれは挨拶にと思っていたんだけどね」
私が殿下に目くばせすると、彼が唇を動かさずに「例の第二王女」と答えた。
そんなことより「エディ」が面白いのでそちらを説明してほしい。ニューヨークへ行ってしまうタイプの王子だったとは初耳だ。
女の子――マリー王女がきらきらした瞳で、頬を紅潮させて殿下を見つめるその表情は、まさしく恋する乙女のものだった。
いや、恋する美少女のものだった。
リリアが「守ってあげたくなる系」だとすれば、マリー王女は「気が強い系」の美少女だ。
そして第二王女ということは、あのダイアナ王女の妹ということである。
あまり似てはいないが――主に髪色とか、……胸部装甲の厚みとか――顔面偏差値はさすがの王族級だ。
「お可愛らしい方ではないですか」
「早く何とかして」
そっと囁くと、にっこり王太子スマイルでマリー王女と相対しながらぴしゃりと言いつけられた。
やれやれ、人遣いが荒い。





