33.「ですから、その美しい顔面で」
「寝るまでは今日」理論の適用をお願いいたします。
「というわけで、殿下。どうでしょう? ディー、良い子ですよ」
「………………どうしてそうなるの?」
「一番釣り合いが取れそうなので」
翌日、視察に出かける殿下に同行することになったので――私と違ってちゃんと仕事の目的もあって来ているらしい。「護衛でしょう」と言われてしまうと断る術がない――馬車の中で一部始終を話して切り出してみた。
案の定というか何というか、嫌そうな反応だ。
「ノルマンディアスは我が国と違って王女にも継承権がある。第一王女が他国の王太子に嫁ぐわけがない」
「別に結婚しろとは申していません。相応しい結婚相手はノルマンディアス王が考えているでしょうから。ただ少し恋愛気分を味わうことさえできれば王女様も満足されるかと。そうすれば私もお役御免です」
「……………」
殿下はしばらく黙って私を睨んでいたが、やがてはぁと大きくため息をついた。
「断る」
「そう仰らず」
「きみが『何でもするから』と頼むなら考えてやってもいい」
「それはちょっと」
「では断る」
取りつく島もない。
王族、しかも王太子という立場で、学園卒業を持って晴れて大人の仲間入りをした彼は、貴族の汚いところを煮詰めたような社交会で過ごしているはずだ。
もともと笑顔ですべてを覆い隠して腹の内ではいろいろと企んでいるタイプなので、初心な女の子に気を持たせるくらいのことは朝飯前だと思ったのだが。
そのお綺麗な顔で微笑んでやれば簡単だろうに。
仕方がないので、以前彼が相談して来た件を引き合いに出してみることにした。
「もしディーを引き受けてくださるなら、殿下に言い寄っているという第二王女、私が何とかしましょう」
「何?」
「困っておいでなのでしょう? 悪い話ではないはずです」
馬車の扉が開く。
先に降りて、殿下に手を差し出した。
私の手を借りて、彼も馬車を降りる。
値踏みするような顔でこちらを見ていた彼が、声を潜めて問いかけてきた。
「……まさか、きみに惚れさせるつもり?」
「いけませんか?」
「その方法の場合は、させたくない」
冗談だったのだが、マジレスされてしまった。
というか、私に惚れさせたくないという時点で、これは殿下の方も噂の第二王女様にホの字なのではないだろうか。
付き纏われるのは嫌だけれど、ほかの男に目移りされるのはもっと嫌、と言っているようなものである。
何となくだが、殿下はそういう面倒くさい恋愛の仕方をしそうだ。
……これは、俄然第二王女の方を応援したくなってきたな。
「きみは、気にならないの?」
「何がでしょう」
「私がダイアナ王女を、口説いても」
殿下の問いかけの意図が分からず、首を捻る。
もしや、知り合いに女性を口説いているところを見られるのが恥ずかしいのだろうか?
私自身すっかり感性がナンパ系に染まってしまっているきらいがあるので、そのあたり麻痺しているが……まぁ、普段私たちに見せている王太子スマイルとは違う、それこそゲームの中で主人公にしていたような脳を溶かしかねない表情を見せるのだろうし、一抹の気まずさはあるかもしれない。
そう判断して、あらかじめ断りを入れておく。
「ご安心ください、覗く趣味はありません」
「違う」
違うらしい。
ではもう分からないな、と匙を投げた。
この人の考えていることは時々よく分からない。
「そのご尊顔を十分に利活用なされば、たいていの女性は靡くでしょう」
「え?」
「ですから、その美しい顔面で」
「ちょ、ちょっと待て!」
私の言葉を遮って、殿下が声を上げる。
珍しく慌てた声を出す彼に、私はますます首を捻る。
何だ。何が気に入らない。
はくはくと口を開け閉めしていた殿下が、やがて喉の奥から絞り出すように、言う。
「う、つくしいとか、言ったかな、今」
「? ええ。言いましたが」
驚いたように目を見開く殿下。
何をそんなに驚いているのか理解できなかった。
その顔を引っ提げておいて、まさか「美しい」と言われたことがないなどということはあるまい。
……いや、逆に、ないのか?
滝を見て「水が上から下に落ちてますね」と言わないように、自明のことをわざわざ面と向かって言う者はいないということだろうか。
そんなことを言うのは風流を解さない私のような無粋な人間だけだったりするのだろうか。
いやそんなまさか、と思いながら、冗談半分、マジでなかったらどうしよう半分で尋ねる。
「あれ? 殿下、ご自分が美形だという自覚がおありでないのですか?」
「あるよ、それは、あるけれど」
即答で「ある」と言い切るあたり羨ましい。
そのあたり、顔面偏差値70オーバーが基本の攻略対象様はやはり一味違う。
それはそうだ。あの華のかんばせがくっついていて、美しいと言われたことがないはずがない。
「きみは、私の顔に興味がないんだと思っていたから」
ぼそぼそと歯切れが悪い。
まぁ興味があるかないかでいえば、羨ましいという感情はある。
私なりに磨き上げた外見には誇りと自信を持っているが、攻略対象やリリアと接していると「やはり天然モノは凄まじいな」と思うことがあるのも事実だ。
しばらく俯きながら何か考えている様子だった殿下が、やがて顔を上げた。
「……分かった」
おや、と思った。
この短時間に、どういった心境の変化だろう。
顔を褒めるというヨイショが効果を発揮したのだろうか。
……だとしたら、この世界の顔面重視性はかなり根深いところまで来てしまっている。
「その代わり、しっかり見ているように」
複雑そうな表情でそう命じる殿下。
しっかり見て、そして都度顔を褒めろということだろうか。
そう理解して、私は適当に頷いた。





