27.男に夜這いを掛けられるなんて初めてだ
気配を感じて、目を覚ます。
男が一人、私のベッドの上に乗り上げているところだった。
暗がりの中だが、十分に顔が視認できるほどの距離だ。それほど近づかれるまで気配に気づかなかった。
なかなかの手練れのようだ。
目を開けた私に驚いたのか、目を丸くしている。
腰に大振りのナイフを携えているのが見えるが、構えてはいなかった。明確な殺意はないらしい。
相手の動きが止まっている間に、様子を観察する。榛色の髪に、宵闇に光る金色の瞳。
そういえば王女様も金色の目をしていたので、この国には多い色なのかもしれない。
王女様の後ろに控えていた護衛と同じ軍服のような服装。近衛の騎士だろうか。
殿下やクリストファーのような睫毛バサバサ系の美形ではないが、割合整った顔をしている。
コミカライズとはいえ女性向け作品のキャラクターである。
近衛騎士ともなると、採用に当たって顔面偏差値の足切りがあるのだろうか。
そのあたり、コンプライアンスは大丈夫なのだろうか。
男が動かないのを見て、私はベッドから体を起こした。
「男に夜這いを掛けられるなんて初めてだ」
男から目を離さないように注意しながら、髪を掻き上げる。
ちなみに男以外になら夜這いをされたことがあるのかといえば、どこかの肉食系聖女が泊まりで遊びに来た際、きちんと客間を用意したにもかかわらず私の寝室に侵入しようとするという夜這い未遂の事件は発生した。
部屋に入られた時点で首根っこを掴んで強制送還したのでもちろん未遂である。
なお犯人は「パジャマパーティーがしたかっただけ」などと供述していた。
同意のないパジャマパーティーはただの不法侵入だ。
「……アンタ、何者だ?」
男が静かな声で問いかけながら、私から距離を取る。
正しい判断だ。やはりそれなりに戦闘経験があるらしい。
「普通の貴族がオレの気配を察知できるはずがない。何者だ」
「バートン公爵家が長男、フレデリック。知らずに忍び込んだのかい?」
「何が目的で次期公爵のフリをしている?」
どうも私を偽物と断じているらしいが、半分当たりで半分はずれだ。
次期公爵のフリをしているのは間違いないが、私は歴とした貴族である。
「こちらの台詞だよ」
問いかけを受け流して、私は肩を竦める。
「その服。君は王女様の護衛じゃないのか? これではまるで暗殺者だ」
「……殺すつもりはない」
男が低く答える。ナイフを構えてもいないし、襲い掛かってくる様子もないところを見るにつけ、その言葉は真実なのだろう。
だが、殺意がなければ他国から招いた客人の部屋に忍び込んでも良いというものでもない。
「王女様の命令だとしたら、外交問題だな」
「まさか。オレの独断だよ」
軽く肩を竦めた男は、探るような目で私を見つめている。
今はすっぴんなので、まじまじと見るならフルメイクの状態でお願いしたい。
「忠誠を誓った相手なもんでね。その結婚相手がどんなやつか、見てみたかっただけだ」
その言葉に、ふと今までと違う色を感じた気がした。
単なる主君に向けるものとは、違う。もう少し感情が籠ったような言葉だったからだ。
リリアの言葉を思い出す。王女様は従者か何かと、何となく良い感じになるとか、どうとか。
ああ、なるほど。頭の中で手を打った。
「君、ダイアナ殿下に惚れてるんだな」
「はぁ!?」
「隠さなくてもいい、自慢じゃないが私はそういう機微には聡い方なんだ」
「待て、違うって」
手をぶんぶんと振って否定する男を制して、私は自信たっぷりに笑って見せる。
「安心したまえ。私はダイアナ殿下とどうこうなるつもりはない。今回だって穏便に婚約を断るために来たんだ」
「……本当か?」
男が訝しげな目で私を見る。にこりと微笑んで、胸に手を当てて頷いた。
「本当だとも」
これは本当である。穏便に婚約を白紙に出来るなら、それが一番いい。
そのためには手段を選ばないつもりである、ということは、わざわざ言う必要はないと判断した。
手を差し出して、軽薄な微笑を浮かべる。
「私たちは協力できる。違うかな? ええと……」
「……リチャード」
男が名乗って、私の手を握った。
愛称で原型が無くなるタイプの名前だと思った。





