25.君は私の何なんだ
床に落ちるより前にカップをキャッチして、机の上に戻す。
その私の腕を掴んで、ぶんぶんと揺さぶる。
「ど、どうしたんですエリ様! もっといちゃいちゃする演技しましょうよぅ!」
そっちが本題になっているじゃないか。
「あの王女様、お兄様を見初めて呼びつけたはずなのに、どうにも私に好意がある感じがしないんだ」
王女様の対応を思い出す。
ご令嬢やここにいる肉食聖女が私を見つめるその瞳には、「熱」がある。
だが、あの王女様にはそれがない。
そもそもお兄様を見初めていたなら私が偽物だと気づくはずだし、何となく素敵な人だと聞いたから、くらいのフワッとした理由で名前を挙げたなら、この仕上げた外見に何かしらの感情を抱いて……そして女たらしっぷりに失望してくれてもよさそうなものだ。
「『人望の公爵』の人望に興味があるだけの可能性もあるけど、あの王女様は人望に困るタイプには見えなかった。何か他の理由があるような気がする」
それを聞き出せれば、案外あっさり解決するかもしれない。
私としても早く帰れるに越したことはないので、そうなれば願ったり叶ったりだ。
「ええと、エリ様?」
リリアが言いにくそうにおずおずと手を上げた。
「好意がある感じが、しない?」
「うん」
「そんなこと分かるんですか?」
「分かるよ、それは」
宇宙人でも見るような顔で言うリリアに、思わず苦笑いした。
そんなに信じがたいような話でもないだろう。
リリアだって、私が彼女を落とそうとしていた時に感じたはずだ。私からの、好意を。
あれほど分かりやすくはなくても、人から向けられる感情というものは大なり小なり、誰でも感じながら暮らしているものだろう。
「前も言っただろ? そういう他人の機微には聡い方なんだ。好意があるかどうかくらい分かる」
「おまいう」
「だからまずは2人で話して、王女様の真意を探ろうと思う」
信用する気がないらしいリリアを無視してそう言うと、彼女は不満げに頬を膨らませた。
そして唇を尖らせ、拗ねたような口調で言う。
「ダイアナ様が美人で巨乳だからそんなこと言うんです! あーあ、やらしーんだ!」
「もう何から突っ込めばいいんだ、私は」
「エリ様は私のエリ様なのに」
「君は私の何なんだ」
面倒くささが天元突破していた。
ため息をついて、紅茶を啜る。
リリアはしばらくぶつぶつ文句を言いながらクッキーを齧っていたが、ふと思い出したように声を上げた。
「そういえば……似てる気がするんですよね。あの王女様」
「誰に?」
「エリ様読んだことありません? ロイラバのコミカライズ」
「……あー、あれか。途中で打ち切りになった」
「打ち切りとか縁起の悪いこと言うのやめてください!」
事実を言ったら怒られた。
ゲームはかなりやりこんだが、グッズや漫画までは積極的に集めていなかったので、詳しくは知らない。
そんな私でも打ち切りめいた最後だったことは知っている。
「俺たちの戦いはまだまだこれからだ!」的な終わり方だったとSNSで見かけたからだ。
どんな乙女ゲームだ、それは。
「あれは、戦略的撤退です」
「撤退してるんじゃないか……」
まぁゲームの漫画版なんてたいていファン向けのサービスみたいなものだ。新規顧客の呼び込みをそれほど見込んでいるとも思えない。
ロイラバの漫画の媒体もゲーム雑誌だった気がする。





