24.人間はだいたい刺されない方が良い
「ありがとう。こんな時間にごめんね」
「いえ……そんな」
ドアを開けて、侍女を部屋の外までエスコートする。
リリアの部屋で作戦会議をするために、紅茶を運んでもらったのだ。
そろそろ夜も深い。カフェインを入れないと3分もしないで寝落ちする。
「だけど、もう仕事の時間は終わっているんじゃない?」
「い、いえ! まだ交代までもう少し時間がありますし」
「それなら、終わったらこのまま一緒に話さない?」
「え?」
「初めて会った時から気になっていたんだ。とても素敵だったから」
にこりと微笑みかけると、目の前の侍女の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
恥じらって視線を逸らそうとする彼女の顎に指を添えて、逃がさない。
「いえ、あの。私のような者が、そんな……お連れ様にも申し訳が……」
頬を赤くしている侍女に、自然に口角が上がる。この調子で王女様以外の女性をどんどん誑かして、女たらしとして浮名を轟かせよう。
「じゃあ、お連れ様がいない時ならいいんだ?」
「えっ」
「また今度誘うから。その時は……考えておいてね」
軽薄な微笑でウインクを投げる。ふらふら浮足立った様子で去っていく侍女を手を振って見送ってから、ドアを閉めた。
「わたし、エリ様は一度刺された方が良いんじゃないかと思うんです」
部屋に戻ると、縁起でもないことを言いながらリリアがクッキーをばりばりとかみ砕いていた。
刺された方が良い人間なんていてたまるか。
人間はだいたい刺されない方が良いに決まっている。
あと昔、実際に刺された経験はある。
腹筋のおかげで大して怪我もしなかったが、刺された結果がこの仕上がりなので、何度刺されたって変わらないと思う。
ソファに身体を預け、私もクッキーを1つ摘まんで口に入れる。
「どう思う?」
「何がです?」
「王女様」
肘掛けに肘を置き、手の甲に顎を載せる。
「相当なクズを演じたつもりなんだけど。もしかして、足りなかった?」
「いえ、大丈夫ですよ。お手本のような純度の高いクズでした」
「それ褒めてる?」
褒められているかはさておき、かなり女癖の悪そうな男の演技をしたつもりだ。
未来の婚約者のもとに女連れで現れたあげく、その女に一途なわけでもないただの女好き。
世の中には「他人のものが欲しくなる」タイプの人間もいるので、王女様がそのタイプだったときのための予防線も今のうちから張っておいたわけだが……肝心の王女様からは、嫌悪感も何も、感じられなかった。
「君もよかったよ、恋に恋して頭がお花畑になってる正主人公っぽくて」
「それ褒めてます?」
リリアの言葉を「もちろんだとも」とか何とか、適当に肯定する。
クッキーを嚥下したリリアが、身を乗り出してきた。
「明日、王女様と話すんですよね? わたし、またその『恋に恋する主人公』っぽい感じで行けばいいですか? ま、わたしは恋じゃなくてエリ様に恋してるんですけど♡」
「明日は一人で行くから、いいよ」
「えっ」
リリアがカップを取り落とした。





